三国志 (横山光輝の漫画)

横山光輝版『三国志』：歴史漫画の金字塔

横山光輝の代表作の一つである漫画『三国志』は、1971年から1987年まで、潮出版社の複数の月刊誌で連載されました。この作品は、吉川英治の小説『三国志』を基調としながらも、横山光輝独自の解釈や表現が加えられた、全60巻に及ぶ大作です。

作品の特徴

『三国志』は、黄巾の乱から始まり、蜀の滅亡までを描き切った長大な物語です。吉川英治版では諸葛亮の死で物語が終わるのに対し、横山版では蜀の滅亡まで描かれている点が大きな違いです。この作品は、横山光輝の漫画家としての地位を不動のものとし、1991年には日本漫画家協会賞優秀賞を受賞しました。2020年5月時点で、累計発行部数は8000万部を突破しており、その人気は衰えることを知りません。

初期の連載は児童誌で行われていたため、セリフや表現は子供にも分かりやすいように配慮されていました。しかし、読者に大人が増えるにつれて、横山光輝は表現方法を変化させています。また、登場人物の外見も独特で、張飛が孫悟空の緊箍のような輪を付けていたり、髭を生やした十常侍、ひげ面の巨漢の呂布、痩せた董卓など、従来のイメージとは異なるキャラクターも多く登場します。

さらに、中国の一夫多妻制を避けるため、劉備の妻妾を「玄徳夫人」として一人の人物にまとめるなど、日本人読者に馴染みやすいようにアレンジが加えられています。荀彧や程昱といった曹操の参謀たちの描き分けが曖昧な点も、物語を簡潔にするための工夫と言えるでしょう。連載初期には、登場人物の服装が唐や宋、明代のものを参考にしていたりもしましたが、これは当時の資料不足によるものでした。

連載が進むにつれて、横山光輝は中国への取材を重ね、服装や官職などを可能な限り史実に近づけようと努力しました。特に1997年に発売された文庫版では、これらの修正が大幅に加えられ、「一新」と銘打ってリニューアルされました。しかし、武将の鎧や武器については、先行する三国志作品の影響もあり、修正が見送られました。

物語の進行に伴い、登場人物の容姿が変化したり、長らく登場しなかった人物が別人同然の姿で再登場したりする点も、この作品の特徴の一つです。単行本19巻で掲載誌が休刊した後、『コミックトム』で連載が再開された際には、「官渡の戦い」などの重要なエピソードが大幅に削除されました。これは、連載を早期に完結させるための措置だったようです。

物語の展開

『三国志』は、大きく分けて以下の三つの勢力の興亡を描いています。

蜀：劉備を主人公とする国で、成都を首都としています。山岳に守られた要害の地で、諸葛亮などの名将の活躍が描かれます。
魏：曹操が築いた国で、洛陽を首都としています。中国の3分の2を支配する大国で、司馬懿などの知略に優れた人物が登場します。
呉：孫堅、孫策、孫権が治める国で、建業を首都としています。水軍を主体とする勢力で、周瑜や陸遜などの武将が活躍します。

物語は、桃園の誓いによって結ばれた劉備、関羽、張飛の三義兄弟を中心に展開します。彼らは漢王朝の復興を目指し、各地を転戦します。特に、劉備が諸葛亮を軍師に迎えてからは、その知略と武勇によって勢力を拡大していきます。しかし、関羽や張飛の死、劉備の呉への侵攻失敗など、蜀の勢力は徐々に衰退していきます。物語後半では、諸葛亮が中心となり、何度も魏に侵攻しますが、その努力もむなしく、蜀は滅亡を迎えます。

本作では、蜀の滅亡までの物語を描いており、魏の後の晋による天下統一は描かれていません。また、蜀の将である姜維の最期や、諸葛亮死後の蜀の物語も大幅に割愛されています。

主要な登場人物

蜀

劉備: 字は玄徳。本作の主人公で、蜀漢の初代皇帝。民を思う心優しい人物で、関羽、張飛と義兄弟の契りを結ぶ。
諸葛亮: 字は孔明。蜀の軍師。稀代の軍略家であり、発明家としての側面も持つ。玄徳に「天下三分の計」を提言し、蜀の隆盛に大きく貢献する。
関羽: 字は雲長。劉備の義弟で、五虎大将軍の一人。義に厚く、武勇に優れた豪傑。
張飛: 字は翼徳。劉備の義弟で、五虎大将軍の一人。荒々しい性格だが、義理人情に厚い。
趙雲: 字は子龍。蜀の宿将で、五虎大将軍の一人。冷静沈着で、武勇に優れる。
黄忠: 字は漢升。蜀の老将で、五虎大将軍の一人。弓の名手。
馬超: 字は孟起。蜀の将軍で、五虎大将軍の一人。西涼の出身で、勇猛果敢な武将。
姜維: 字は伯約。諸葛亮の後継者として、蜀の北伐を指導する。

魏

曹操: 字は孟徳。魏の基礎を築いた人物で、乱世の奸雄と評される。目的のためには手段を選ばない冷酷な一面を持つ。
司馬懿: 字は仲達。魏の軍師で、孔明の最大のライバル。慎重な性格で、卓越した戦略眼を持つ。
曹丕: 曹操の嫡男で、魏の初代皇帝。凡庸な人物として描かれる。
曹叡: 曹丕の息子で、魏の二代目皇帝。才能があるが、晩年は愚行に走る。

呉

孫堅: 呉の礎を築いた武将で、「江東の虎」と呼ばれる。
孫策: 孫堅の長男で、武勇に優れる。「小覇王」と称される。
孫権: 孫堅の次男で、呉の皇帝。思慮深く、優れた統治能力を持つ。
周瑜: 字は公瑾。呉の水軍を率いる大都督で、「美周郎」と呼ばれる美男子。優れた軍略家だが、孔明に翻弄される。
魯粛: 呉の腹心で、温厚な性格。孔明と周瑜の間で奔走する。
呂蒙: 呉の司令官で、後に荊州を奪還する。
陸遜: 呉の司令官で、夷陵の戦いで蜀軍を破る。

まとめ

横山光輝の『三国志』は、歴史漫画の傑作として、多くの読者に愛され続けています。その魅力は、史実に基づきながらも、作者独自の解釈やキャラクター描写が加わった点にあるでしょう。また、長大な物語を分かりやすく、かつドラマチックに描いている点も、多くの人々を惹きつける要因と言えます。

この作品は、単なる歴史漫画としてだけでなく、人生における教訓や人間関係の複雑さなど、様々なことを私たちに教えてくれます。未読の方は、ぜひ一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

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