下野薬師寺跡

下野薬師寺跡：古代寺院の栄華と衰退、そして現代への継承

栃木県下野市に位置する下野薬師寺跡は、国指定史跡であり、古代寺院の貴重な遺跡です。通称「下野薬師寺」と呼ばれ、奈良時代に栄えた大寺院の跡地です。鬼怒川右岸の広大な平野に広がり、その歴史は飛鳥時代まで遡ります。

薬師信仰と創建

薬師如来信仰は、中国や朝鮮半島を経由して日本に伝来しました。日本での盛行は聖徳太子や天武天皇の信仰に端を発し、天武天皇9年（680年）には大和国に薬師寺が建立されました。下野薬師寺の創建も、この天武・持統天皇の時代（7世紀末）に遡ると考えられています。 『類聚三代格』や『続日本後紀』には天武天皇の建立地と記され、下野市では下毛野古麻呂による建立説が有力です。発掘調査から出土した瓦は、大和川原寺系のものと判明し、7世紀末の天武朝の創建を裏付ける証拠となっています。当時、天皇の意向による建立が一般的だった薬師寺の名を持つ寺院という点からも、中央政府の強い関与があったことが推測できます。

三戒壇としての隆盛と道鏡

下野薬師寺は、奈良時代に僧侶に戒律を授ける戒壇が設置されたことで知られています。東大寺の戒壇、観世音寺の戒壇と並ぶ「三戒壇」の一つとして、東国の僧侶育成の中心地として重要な役割を果たしました。天平勝宝元年（749年）には、諸寺墾田地限が定められ、下野薬師寺は500町という広大な土地を所有していたことが記録に残っています。これは、当時の寺院の中でも相当な規模と権威を誇っていたことを示しています。また、中央政界で権力を振るった道鏡が、称徳天皇の崩御後、左遷されて造寺別当となったことでも有名です。道鏡は772年に当地で亡くなり、龍興寺に墓が伝えられています。これらの事実は、下野薬師寺が当時の政治・宗教の中枢に深く関わっていたことを示しています。

衰退と中興

平安時代に入ると、比叡山での戒壇設置などにより、戒壇の需要が減少し、下野薬師寺は次第に衰退していきました。特定の教団を持たなかったことが、戒律軽視の流れの中で衰退を招いた一因と考えられています。しかしながら、貞観16年（874年）には、平安京で読経された大般若経が、各地に配布される際に下野薬師寺にも送られたという記録があり、東国におけるその重要性がうかがえます。

鎌倉時代には源頼朝の支援を受け、慈猛上人による戒壇再興、寺門前の市街形成など、一時的な隆盛を再び見せています。室町時代には、足利尊氏の意向により安国寺と改名されましたが、近世まで「下野薬師寺」の名称で広く知られていました。

戦国時代の戦乱で堂宇を焼失し、その威容を取り戻すことはありませんでした。近世初頭には、安国寺と龍興寺が旧伽藍内に再建され、薬師寺の正統性を巡って争いを繰り広げ、天保9年（1838年）に和解に至りました。この過程で『薬師寺縁起』や『慈猛上人行状記』といった史料が作成され、下野薬師寺の歴史を伝える貴重な資料となっています。

寺院跡の発掘調査と現状

近年、発掘調査によって寺院の規模や配置などが明らかになっています。東西約250ｍ、南北約330ｍの広大な伽藍は、一塔三金堂様式で、中央に塔、北側に東西金堂と中金堂、講堂、僧坊などが配置されていたことが確認されています。この配置は飛鳥寺などとは異なっています。現在、下野薬師寺跡は史跡として保存され、その歴史と文化遺産を伝える施設である下野薬師寺歴史館も整備されています。

下野薬師寺跡は、その栄枯盛衰を通じて、古代日本の政治、宗教、文化を理解する上で貴重な歴史的遺産です。発掘調査は現在も継続されており、今後も新たな発見が期待されています。

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