今市の戦い

今市の戦い（1868年）

今市の戦いは、慶応4年（1868年）閏4月20日から5月6日（新暦6月10日 - 6月25日）にかけて、戊辰戦争中に発生しました。この戦いは、日光街道と会津西街道という重要な街道が交わる今市宿の支配権をめぐり、新政府軍と旧幕府軍、そして会津藩兵が激突したものです。

背景

今市宿（現在の栃木県日光市今市）は、江戸と日光を結ぶ日光街道、会津若松へと続く会津西街道、高崎へと続く日光例幣使街道、そして奥州街道の宿場町である大田原宿へと続く日光北街道が交わる交通の要衝でした。宇都宮城の戦いで敗れた大鳥圭介率いる旧幕府軍は、当初、徳川家康の霊廟がある日光山で新政府軍と決戦を行うことを目指していました。

しかし、板垣退助の依頼を受けた台林寺住職・厳亮の説得（東照宮を戦場にしないため）、老中・板倉勝静による同様の説得、あるいは秋月登之助の助言などにより、旧幕府軍は日光に留まらず、今市から会津西街道へと進路を変更しました。一説には、会津藩・仙台藩を含む反新政府勢力の一斉軍事行動計画の一環であったとも言われています。

田島（会津藩領）で負傷兵を療養させ、補給と山川大蔵（後の浩）率いる会津藩からの援軍を得た旧幕府軍は、再び日光街道まで南下し、関東地方での軍事行動を再開しました。これに対し、新政府軍は板垣退助指揮下の土佐藩兵を今市に集結させ、会津西街道からの旧幕府軍の侵入を阻止する態勢を取りました。日光・今市方面の新政府軍の兵力は、今市の土佐藩兵約500名と、日光守備の彦根藩兵700名でした。

旧幕府軍は山岳地帯を背後に控えており、持久戦になればなるほど補給に不利になる状況でした。特に、大鳥麾下の部隊は人的補給の手段を持たない客兵でした。一方、新政府軍は平野部で補給を行えるため、旧幕府軍とは対照的に円滑な補給が可能でした。

大鳥軍が藤原口へ攻勢をかけたことは、新政府軍にとって大きな脅威でした。これは、新政府軍が勢力圏に収めた関東平野を攪乱するものであり、当時の江戸では彰義隊が活発に活動していました。

前哨戦

大桑村方面の戦闘

新政府軍は毎日1小隊を大桑村付近の隘路の入り口に派遣して警戒していました。閏4月18日、敵軍が出撃したとの通報を受け、土佐藩は九番隊を先発させ、続けて3小隊を会津西街道の本道から、1小隊を間道から進軍させて旧幕府軍を急襲する計画で迎撃に向かいました。彦根藩も増援として3小隊を大桑に出撃させました。

しかし、旧幕府軍は僅か50名程度で大桑に進入したため、待ち構えていた土佐藩九番隊は直ちにこの小部隊を攻撃し、旧幕府軍は潰走しました。土佐藩兵は深追いせずに大桑から今市に引き上げました。彦根藩兵は戦闘終結後に今市へ帰陣しました。この小規模な戦闘は、土佐藩兵の士気を高揚させることになりました。

栗原、柄倉付近の戦い

閏4月19日、新政府軍は小佐越を奪取するべく、土佐・彦根藩兵が今市を出発して栗原へ向かいました。旧幕府軍は小佐越と柄倉を占領しており、高徳は貫義隊と城原新九郎の寄合組朱雀隊が占領していました。旧幕府軍は1小隊を柄倉に、1小隊を栗原に進入させましたが、栗原付近で新政府軍と遭遇し戦闘が開始されました。

戦闘は当初新政府軍が優勢でしたが、旧幕府軍は栗原から柄倉へと退却しました。新政府軍は追撃しようとしたところ、鬼怒川対岸の高徳方面から砲撃を受け、さらに正面の山上からは猟師隊の射撃を受けました。新政府軍は苦戦し栗原まで撤退しました。旧幕府軍は高徳から鬼怒川を渡河して大桑に向かい、新政府軍の退路を遮断しようとしましたが、新政府軍は直ちに対応し、大桑を占領して敵を追い出しました。新政府軍は伏兵を配置して追撃を待ち、旧幕府軍に損害を与えました。

今市の戦い

第一次今市の戦い（閏4月21日）

大鳥圭介は第二大隊を率いて藤原に到着し、山川大蔵と合流しました。翌21日、旧幕府軍及び会津軍は兵力を2つに分け、日光街道の東西両方向から今市へ攻撃を仕掛けました。大沢口から攻め入った山川副総督率いる部隊は、打ち合わせ不足から後方部隊よりも早く攻撃を開始してしまい、撃退されました。日光街道方面でも旧幕府軍は白兵突撃を試みましたが、撃退されました。新政府軍は増援を送り込み、旧幕府軍を大谷川まで押し戻しました。

第二次今市の戦い（5月6日）

5月6日、旧幕府軍は600名を主力として今市の東から攻撃を開始しました。新政府軍は頑強に抵抗し、6時間ほど持ちこたえました。旧幕府軍は予備の第二大隊も参戦させ猛攻を加えましたが、新政府軍は陣地内への侵入を許しませんでした。

土佐藩兵は苦境に立たされていましたが、江戸から急使が派遣され、新たに土佐本国から2小隊と砲兵一隊が到着することになりました。さらに、宇都宮警備に派遣された十三番隊も今市に帰着しました。土佐藩は宇都宮方面から来援する部隊に対し、敵状を確認してから今市に来るように命じました。守備隊の各隊長には、宇都宮からの援軍と挟撃するため、少なくとも正午までは持久戦を展開するように厳命しました。

正午近くに日光方面の彦根藩兵2小隊が到着し、西口の守備を担当しました。板垣総督は作戦計画を変更し、迂回部隊を編成して敵の左背面に攻撃させる計画を立てました。土佐藩迂回隊が所定の配置についた時、山地元治指揮下の七番隊が出撃し、旧幕府軍左翼は完全に包囲されました。

大鳥軍司令部が潰走していた頃、大鳥軍の戦闘部隊も敗北が決定的な状況に追い込まれていました。両翼が包囲され、正面の土佐藩兵が攻勢に転じたことで、旧幕府軍は潰乱して敗走しました。さらに、背面からは宇都宮からの新政府軍増援が現れ、旧幕府軍は完全に敗走しました。第二次今市の戦いは、新政府軍の勝利に終わりました。

この戦いの後、板垣は兵を率いて白河の新政府軍に合流し、会津西街道での戦いは佐賀藩兵に任せました。白河口では平潟から上陸した新政府軍との協同作戦が進行し、現在の福島県の中通り及び浜通りは新政府軍の支配下となりました。

影響

今市の戦いでの新政府軍の勝利は、戊辰戦争全体に大きな影響を与えました。旧幕府軍は関東内に軍事力を保持することができなくなり、会津西街道を確保する防衛体制へと移行せざるを得なくなりました。これにより、新政府軍は戦力過少に直面していた白河口への兵力増員が可能となり、戦局を有利に進めることができました。

参考文献

『復古記』東京大学史料編纂所 1931年
『維新史』維新史料研究会 1939年-1941年
大山柏 『戊辰役戦史』（増訂版） 、時事通信社 1988年 ISBN 4-7887-8840-3
大山柏 『戊辰役戦史上』時事通信社 1968年
野口武彦『幕府歩兵隊 幕末を駆けぬけた兵士集団』中央公論新社〈中公新書〉、2002年11月。ISBN 4-12-101673-4。
保谷徹『戊辰戦争』吉川弘文館〈戦争の日本史18〉、2007年12月。ISBN 978-4-642-06328-9。

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