伊勢春慶

伊勢春慶（いせしゅんけい）

伊勢春慶は、三重県伊勢市で製造されている春慶塗の漆器です。伊勢漆器、山田春慶、山田塗とも呼ばれています。

特徴

伊勢春慶の大きな特徴は、その素材と製法にあります。木地には檜の一枚板を使用し、下塗りには弁柄や柿渋を多く用いることで、独特の赤褐色の色合いを出しています。そして、仕上げには透明の漆を一度だけ塗るため、檜の美しい木目が透けて見えるのが魅力です。また、箱物の底の隅には「こくそ」と呼ばれる黒い目止めが施されているのも特徴の一つです。

漆の量や作業工程が比較的少ないため、比較的手頃な価格で手に入れることができるのも、伊勢春慶の魅力と言えるでしょう。製品の裏底には製造元の焼印が押されています。

伊勢の漆器産業は、木地屋、塗師屋、そして両者を仲介する問屋の三者によって成り立っています。現在では、長野県木曽郡上松町の業者から木地を取り寄せ、伊勢では主に塗りの工程が行われています。

近年では、伝統的なデザインを継承する「オーソドックス春慶」と、現代の生活様式に合わせた「カジュアル春慶」の2つの商品群があり、茶箱膳、弁当箱、切溜文箱、筆箱など、様々な製品が作られています。

定義

「里帰り伊勢春慶展」実行委員会の中のチームは、以下の4点を満たしたものを伊勢春慶と定義しています。大前提として、伊勢地方で製作されることが条件です。

1. 木地は檜を使用する。
2. 食紅や弁柄などで着色する。
3. 柿渋を塗る。
4. 透明な春慶漆または朱合漆を施して仕上げる。

また、複雑な作品では、檜の生地を空木（うつぎ）と呼ばれる木釘で組み、水漏れを防ぐために綿と漆を混ぜて隙間を埋める「こくそ」という技法も用いられています。

歴史

起源

伊勢春慶の起源には諸説ありますが、いずれも確証を得るには至っていません。

伊勢神宮の工匠が御造営の余材の払い下げを受け、白木のままの箱を製造し、その上に漆をかけたものを内職として始めたという説
戦国時代に蒲生氏郷が松坂に赴任した際に、近江日野から連れてきた漆職人たちによって伝えられたという説

伊勢での漆器の生産については、戦国時代初期（1400年代後半）の古文書に「大塗師屋」や「塗屋館」などの屋号が存在することから、少なくともこの時代まで遡ることができますが、春慶塗であったかどうかは確認されていません。

江戸時代から昭和30年代

江戸時代に入り、伊勢神宮へのお蔭参りが盛んになると、宿場で大量の膳や椀が必要となり、伊勢で漆器産業が発展しました。伊勢では様々な漆器が作られており、伊勢春慶はその中の一種類でした。岡本町の若井源助家、片岡善兵衛家、橋本佐兵衛家などが主な「塗師屋」（漆器店）として知られ、岡本町を中心に漆器産業が盛んに行われていました。特に、片岡店は文様や漆の配合に工夫があり、高い評価を得ていました。

明治時代初期には、河崎の久保田五兵衛家が漆器を取り扱っていたことが確認できます。内国勧業博覧会やウィーン万国博覧会に出品するなどし、「粗末ではあるが廉価で堅牢」と評され、国内外の博覧会で入賞するなどして知名度を上げました。

しかし、業者が乱立したことで粗製乱造が起こったため、1902年（明治35年）に山田漆器同業者組合を組織し、漆器製造業者の組織化を行い、品質の改善に努めました。大正時代には最も多く生産されました。最盛期には、一軒で2人以上の職人を抱える木地屋や塗師屋もあったと言われています。伊勢地方の特産品として、東海地方や近畿地方一円はもちろん、関東地方や九州地方にも広まりました。河崎からの出荷には勢田川の水運が利用されました。

明治時代に三重県で創業した井村屋は、羊羹づくりの型枠に伊勢春慶を使用し、「山田膳流しようかん」と称していました。

昭和時代に入ると、戦争の影響により、職人の徴兵や材料確保の困難、岡本や宮後などの生産場所が空襲に遭うなどの要因が重なり、次第に衰退し、一時的に生産が途絶えました。戦後復活したものの、高度経済成長期以降の生活様式の変化や漆の輸入中断、プラスチック製品の登場などにより、再び衰退し、再び生産は中断されました。1980年代前半に伊勢市役所の職員が製造元に行った聞き取り調査によると、伊勢春慶は青森県から九州までの地域で販売されていたことがわかっています。都市部よりも実用性が重視される地方部で使用されることが多かったのではないかと推測されています。

平成時代以降

1986年（昭和61年）には、京都市立芸術大学で漆塗装を学んだ木村美登（伊勢市工芸指導所長）によって、伊勢市工芸指導所で漆技術講座が開始されました。1994年（平成6年）に伊勢市で開催された世界祝祭博覧会には、所長と受講生が制作した伊勢春慶が出品されました。同年10月には、三重県の伝統工芸品に指定されています。

2004年（平成16年）の「里帰り展」開催前には、伊勢春慶専門の業者はほとんど存在せず、稀に注文生産を受ける程度で、問屋などに持ち込まれる古い伊勢春慶の修理依頼にも対応できない状況でした。同年1月には、伊勢春慶を愛する有志が伊勢河崎商人館で「里帰り伊勢春慶展」を開催し、各家庭などに所蔵されている伊勢春慶が多数集まりました。皇學館大学の大学院生や鳥羽市文化財専門委員などが中心となり、海の博物館や南知多町郷土資料館などでの調査結果を展示しました。この際には、愛知県半田市亀崎地区の山車組に伊勢春慶の膳が多数残っていることが判明しました。同企画の実行委員会が中心となり、5月には伊勢春慶の保存と再生を目的に伊勢春慶の会が発足し、商品化を目指して生産が再開されました。伊勢文化舎が雑誌で取り上げるなどして貢献しました。

2005年（平成17年）には、伊勢春慶の会が復活後初となる商品「田楽箱」を販売しました。また、同会と京都工芸繊維大学が共同で、新感覚の「カジュアル春慶」を開発しました。

2008年（平成20年）には、空き家となっていた米蔵を借り受け、伊勢春慶デザイン工房を開設しました。

2010年（平成22年）には、伝統の技を受け継ぐ塗師の後継者養成を開始しました。しかし、仕事や家事との両立が難しく、専任の職人が育たないという状況が続いています。

2011年（平成23年）には、修行に専念できる団塊世代や定年退職者を対象とした体験会を実施し、塗師の早期育成を進めました。

2016年（平成28年）には、伊勢志摩サミットで伊勢春慶の二重弁当箱が首脳陣の食事の器として使用されました。

また、伊勢春慶の会の養成講座で育成された技術者が初めて塗師として認定され、技術を習得した塗師は3人となりました。

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