伊江朝直

伊江朝直（いえちょうちょく）

伊江朝直は、1818年 9月23日に生まれ、1896年 1月4日に亡くなった琉球王国末期の王族です。伊江御殿の十一世にあたり、琉球王国17代尚灝王の四男であり、最後の国王となった尚泰王の叔父にあたります。琉球王国が激動の時代を迎える中、最後の摂政としてその難局に対処しました。単に伊江王子とも表記されます。唐名は尚健（しょうけん）です。

生涯

尚灝王の四男（実際は五男だが、四男が夭逝したため）として生まれました。母は小那覇阿護母志良礼・真牛金で、兄には尚惇・大里王子朝教がいます。父・尚灝王には26人の子供がいましたが、冷遇されていました。母は讒言により首里城を追われ、兄は城内で馬の草刈りをさせられるなど、過酷な環境で育ちました。朝直は浦添間切城間の農家で育ち、農業や家畜養育に励みました。14歳の時に首里の阿波根親方の下で草刈りとして働きますが、これは表向きで、実は王子としての教育を受けていました。その当時、伊芸家で草刈りをしていたことから、「伊芸の亀小」と呼ばれていたそうです。

1834年、父・尚灝王が亡くなり、異母兄の朝現が尚育王として即位すると、20歳になっていた尚惇が大里王子に取り立てられました。同じ年に朝直も伊江御殿の養子となり、伊江島大城の名号を賜り、大城按司となりました。しかし、伊江御殿の嗣子となった後も勝手口から出入りしていたと言われています。大城按司として知行三百斛を領有しましたが、翌年3月に養父が亡くなったため、家督を継ぎ伊江島総地頭職となりました。

1836年12月、系図座奉行職に任ぜられ、2年後には大与座奉行職に転じました。同年、冊封使が派遣され、尚灝王の諭祭、尚育を中山王に封ずる大典が行われ、翌年には朝直自身も冊封の報告のため上国しています。1841年には知行を百斛加増されました。

1854年、徳川家定の将軍継承の慶賀正使として江戸へ向かいましたが、薩摩で将軍が死去したため中止となりました。1859年には平等所総奉行職も兼任しています。1860年、将軍家茂の継承を賀するため再び慶賀正使に選ばれましたが、国事多端のため延期となりました。当時は尊王攘夷論が激しく、幕府にとって多難な時期でした。

朝直は王子でありながら豆腐料理を好んでいたそうです。随行員に「食べ物の好き嫌いに上下はないはずだ」と語ったという逸話も残っています。

1872年6月、朝直は仮の摂政に任ぜられました。この時、薩摩藩は廃藩置県により鹿児島県となっていたため、従来のような薩摩藩の承認は不要でした。同年7月、王政維新の慶賀正使に任ぜられ、副使・宜湾朝保らと共に上京しました。帰国途中で摂政に任ぜられ、知行も加増されましたが、これを固辞しました。その後、恩納間切の恩賞金も固辞しましたが、琉球藩庁は政治的功績を認め、尚泰王から賞与が与えられました。朝直は最終的に恩納間切総地頭職を命じられましたが、あくまで従来の伊江島総地頭職として、島民の生活福祉に力を尽くすことを望みました。

1875年、明治政府は琉球藩に清との関係断絶を要求し、台湾出兵の謝恩として尚泰王の参京を求めました。藩政改革など重大な問題が起こる中、朝直一行の慶賀使の仕置きが原因であるとされ、迫害や弾劾が行われました。朝直は病を理由に職を辞し、隠居しました。その後、石嶺の別荘で静かに過ごし、東京から持ち帰った梅を庭に植え、子供たちに大和世になることを語り聞かせていたそうです。朝直は1896年、79歳で亡くなりました。晩年、息子は父を偲んで、梅の花が咲く頃に別荘で三味線を弾いていたと言います。

維新慶賀正使

1871年、明治政府は琉球に使者を送るよう要求しました。琉球王府はこれを維新政府への慶賀使と解釈し、朝直を正使として東京に派遣しました。しかし、明治天皇の名で発せられた詔書は、琉球王国を天皇が任ずる琉球藩とするものでした。朝直らは困惑しましたが、日清両属体制を明治政府が認めたものと解釈し、受け入れました。

横浜鉄道開業賀礼に参列

維新慶賀使として東京在住中、朝直は、副使や賛議官と共に、新橋駅で行われた日本初の鉄道開業式典に参列し、新橋・横浜間を走る1号機関車に乗車しました。このお召し列車には、明治天皇をはじめ、多くの政府要人が同乗していました。

白党・黒党の対立

琉球処分をめぐり、琉球を存続しようとした人々の中でも、消極的な白党と親清国の黒党に分かれていました。『申報』には、琉球の旧士族が王を立てることについて議論し、そのあり方をめぐり白黒両党に二分されたことが記載されています。白党は尚泰王の復位を目指し、黒党は朝直を新王に立て、清国に属国となることを密訴していました。旧琉球士族は琉球の存続を目標としていましたが、対立は深まる一方でした。

生涯年表

1818年 9月23日：尚灝王四男として生まれる。
1834年12月11日：十世朝平の嗣子となる。
1836年3月26日：欹髻結い。
1837年3月8日：結婚。
1838年12月1日：大与奉行（王子奉行）となる。
1839年4月6日：冊封全竣の謝恩の使者として上国。
1842年：大与奉行となる。
1844年：系図奉行となる。
1846年：系図奉行となる。
1847年：大与奉行となる。
1848年：系図奉行となる。
1849年：大与奉行となる。
1851年：系図奉行となる。
1852年：大与奉行となる。
1854年5月3日：将軍代替わりの慶賀正史となるも、安政地震および国事多端により延期・中止。
1858年：系図奉行となる。
1859年：大与奉行となり牧志恩河事件では親薩摩派を弾圧。
1860年4月13日：公方様御代替の慶賀正史（江戸立ち）となるも後に中止。
1862年：大与奉行となる。
1864年：総横目総奉行（王子奉行）となる。
1865年：大与奉行となる。
1867年：宗門手札改奉行となる。
1869年6月25日：伊是名玉陵での清明の初祭の使者。
1872年6月26日：与那城王子朝紀の病気辞退により仮摂政に就任。
1872年7月16日：維新慶賀正使（東京へ）。
1876年6月18日：摂政を辞職して隠居。
1877年7月：『無銘書厨子由来記』を作成。

系譜

父：尚灝王（第二尚王氏17代国王）
母：小那覇阿護母志良禮（劉氏呉屋子定根の娘）
室：瑞慶覧翁主（向氏伊江里之子親雲上朝經の娘）
長女：思戸金
次女：真蒲戸金（向氏義村按司朝明に嫁ぐ）
長男：大城按司朝永（向姓伊江御殿十二世）
三女：真鍋樽（向氏伊野波按司朝宜に嫁ぐ）
四女：真鶴金（毛氏佐渡山里之子安吉に嫁ぐ）
次男：朝信
五女：真嘉戸樽（向氏羽地按司朝詮に嫁ぐ）
三男：朝㓛
四男：朝知（玉城按司朝敕に嗣子がなく、家統をつぐ）
継室：安良城翁主（向氏摩文仁按司朝健の娘）
五男：朝常（向氏高安殿内に嗣子がなく、家統をつぐ)
六男：朝規
七男：朝重

脚注

参考文献
伊江朝雄『風や真艫に』上巻、陸運経済新聞社、1983年2月17日。ASIN B000J7DDNA。
伊江朝雄『風や真艫に』下巻、陸運経済新聞社、1984年1月5日。ASIN B000J73NCQ。
川平朝申『沖縄県民史』月刊沖縄社、1974年5月20日。ASIN B000J9ET2M。
山口栄鉄『琉球王朝崩壊の目撃者喜舎場朝賢』芙蓉書房出版、2019年7月15日。ASIN 4829507659。ISBN 978-4-8295-0765-0。
川畑恵『尚泰 : 最後の琉球王』山川出版社、2019年7月30日。ASIN 4634548801。ISBN 978-4-634-54880-0。
与並岳生『尚育王』新星出版社、2006年6月15日。ASIN 4902193450。ISBN 4-902193-45-0。
霞会館華族家系大成編輯委員会編『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年9月。ASIN 4642036709。ISBN 4-642-03670-9。