余計者

余計者とは

「余計者」（よけいもの）とは、19世紀のロシア文学に頻繁に登場する人物類型であり、ロシア語では「Лишний человек」、英語では「Superfluous Man」と訳されます。この人物像は、当時のロシア社会の矛盾や閉塞感を象徴するものとして描かれました。

背景

19世紀初頭、皇帝アレクサンドル1世の時代には、西欧の自由主義思想が貴族階級を中心に広まり、専制政治や農奴制の改革を求める声が高まりました。しかし、1825年のデカブリストの乱の失敗により、新帝ニコライ1世による厳しい弾圧が始まり、社会変革の気運は急速に衰退します。その結果、進歩的な思想を持つ有為の青年たちは、その能力を発揮する場を奪われ、鬱屈とした日々を送ることになりました。

余計者の特徴

余計者とは、主に貴族階級の青年知識人であり、進歩的な思想を身につけ、優れた資質を持ちながらも、それを社会のために生かすことができない人物です。彼らは、自身の才能を持て余し、決闘や恋愛遊戯などの無意味なことに精力を費やしたり、無気力になって屋敷に引きこもったりするなど、虚無的な生活を送ります。彼らは社会変革を望む一方で、現実の壁に直面し、その無力感に苦悩する姿が描かれます。

「余計者」の名称の由来

1850年、イワン・ツルゲーネフの小説『余計者の日記』（原題：Дневник лишнего человека）において、主人公が自らを「余計者（Лишний человек）」と称したことが、この人物像が広く知られるきっかけとなりました。この作品は日記形式の一人称小説であり、3月22日の日記で主人公は初めて自分を「Лишний человек」と呼び、翌23日の日記でその理由を語っています。ツルゲーネフは同作品内で「Лишний человек」と同じ意味で「сверхштатный человек」という言葉も使用しています。

余計者の系譜

余計者の類型は、19世紀ロシア文学において多くの作家によって描かれました。その系譜に連なる代表的な人物としては、以下のようなキャラクターが挙げられます。

アレクサンドル・グリボエードフ『智恵の悲しみ』（1823年）のチャーツキー
アレクサンドル・プーシキン『エヴゲーニイ・オネーギン』（1823-1830年）のオネーギン
ミハイル・レールモントフ『現代の英雄』（1839-1840年）のペチョーリン
アレクサンドル・ゲルツェン『誰の罪』（1841-1846年）のベリトフ
イワン・ツルゲーネフ『ルージン』（1856年）のルージン
イワン・ツルゲーネフ『貴族の巣』（1859年）のラヴレーツキー
イワン・ツルゲーネフ『父と子』（1862年）のバザーロフ
イワン・ゴンチャロフ『オブローモフ』（1859年）のオブローモフ

これらの作品を通して、当時の社会における知識人の葛藤や無力感が浮き彫りにされています。彼らは社会に対して批判的な視点を持ちながらも、自らを変革する力を持ち合わせず、社会の矛盾に翻弄される存在として描かれています。

参考文献

木村彰一他『ロシア文学史』明治書院、1977年。
中村喜和他『世界文学シリーズ・ロシア文学案内』朝日出版社、1977年。
マーク・スローニム『ロシア文学史』池田健太郎ほか訳、新潮社、1976年。

外部リンク

余計者 - Yahoo!百科事典（佐藤清郎／小学館『日本大百科全書』）

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