八宗体制論

八宗体制論について

八宗体制論（はっしゅうたいせいろん）は、日本の古代仏教の構造を明らかにするために提唱された理論的枠組みであり、特に鎌倉仏教と日本仏教史の研究において多大な影響を持つものである。この理論は、研究者である田村圓澄によって1969年に発表されたものであり、その基本的な考え方は、奈良興福寺の衆徒が法然の唱える専修念仏の停止を求めた文書『興福寺奏状』の中に見られる「八宗同心の訴訟」という文言に基づいている。

『興福寺奏状』とその意義

元久2年（1205年）に、笠置寺の解脱坊貞慶によって起草された『興福寺奏状』は、当時の日本に存在していた八宗（法相宗、倶舎宗、三論宗、成実宗、華厳宗、律宗の南都六宗と天台宗、真言宗の平安二宗）を主張し、それ以外に新たな宗派が成立することは考えられなかったと述べている。この文書は、当時の仏教界の動向を理解する上で非常に重要な資料であり、田村はこの考え方を元に八宗体制論を展開した。

田村は、八宗が法然の教えに対抗するために同心している背景には、彼らの特権を守ろうとする意図が存在していると述べている。この立場から、八宗体制は古代的な仏教界の秩序を反映していると考えられた。特に、第9条には「仏法王法なお身心のごとし、互いにその安否をみ、宜しくかの盛衰を知るべし」と述べられており、ここでは伝統八宗と公家政権との相互の関係が重要視されている。

政権と仏教の関係

田村の考えでは、八宗体制論は中世の国家制度とも密接に関連しており、八宗の訴えが向けられた公家政権は、古代国家の流れを汲むものであった。このため、古代仏教と国家との相補的な関係が考えられ、伝統的な仏教の維持には、国家の勅許が重要な要素だった。

しかし、鎌倉幕府の成立により、古代国家は解体の危機に瀕しており、これが伝統八宗にとっても脅威となった。法然による浄土宗の立宗は、八宗体制にとって逆風となり、その崩壊を象徴する出来事であったと田村は分析した。このような背景を考慮すると、奏状が提出された意図は、衰えゆく伝統仏教界からの最後の抵抗とも受け取れる。

八宗体制論の影響

この提唱は、他の研究者にも影響を与え、法然から始まる鎌倉新仏教の成立を、古代仏教からの脱却として捉える新たな視点が生まれた。特に家永三郎や井上光貞らの研究によって、鎌倉時代の新興宗派は、選択や専修などの特徴を持ち、その教えが庶民や武士層にまで広がっていったことが重視されるようになった。

田村の八宗体制論の独自性は、従来の混沌としたイメージから、支え合う秩序としての八宗を描き出した点にある。これにより、伝統的な仏教と新興宗派との関係には、対立だけでなく共存の側面もあったことが浮き彫りとなった。

後に、黒田俊雄などが提唱した「顕密体制論」では、鎌倉時代の仏教の主流として旧仏教を位置づけ、法然や日蓮などを異端と捉える見解が生まれた。こうした議論は、八宗体制論がただの古代的な秩序にとどまらず、後の中世史研究においても新たな視角を提供するものであった。

結論

八宗体制論は、古代から中世にかけての日本仏教の理解を深めるための重要な枠組みを提供し、その影響は今なお、日本の仏教史研究において重要な意義を持ち続けている。

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