六祖壇経

六祖壇経（ろくそだんきょう）とは

『六祖壇経』は、中国禅宗の第六祖である慧能（えのう）の説法集であり、禅宗における重要な根本教典の一つです。この経典は、慧能が韶州の大梵寺で行った説法を中心に、その教えや思想を弟子が記録したものです。また、『六祖大師法宝壇経』や、単に『壇経』とも呼ばれます。

成立と構成

『六祖壇経』は、唐代初期に韶州刺史の韋璩（いきょ）の求めに応じ、大梵寺で慧能が行った説法が主な内容となっています。この説法を書き留めたのは弟子の法海です。北宋時代には、恵昕（えきん）によって文章が整理され、上下巻に分けられたものが広く用いられるようになりました。

この構成は、上巻に「縁起説法門」「悟法伝衣門」「為時衆説定慧門」「教授坐禅門」「説伝香懺悔発願門」「説一体三身仏相門」が、下巻には「説摩訶般若波羅蜜門」「問答功徳及西方相状門」「諸宗難問門」「南北二宗見性門」「教示十僧伝法門」が含まれます。

上巻と下巻の分割は分量によるもので、意味的な区切りはないとされています。「縁起説法門」は説法の背景、「悟法伝衣門」は慧能の略歴を記し、その後の「問答功徳及西方相状門」までは説法が続きます。その後、慧能が曹渓宝林寺へ帰った後の弟子たちとの問答が「諸宗難問門」以下にまとめられています。最後に慧能の入滅が描かれ、経典は締めくくられます。

内容

『壇経』の中心的な主題は「見性成仏（けんしょうじょうぶつ）」です。これは、自己の本性を見ることが仏になる道であるという考え方です。慧能が六祖となるまでの逸話が興味深く語られています。

五祖弘忍（こうにん）が弟子たちに悟りの境地を問うた際、筆頭弟子の神秀（じんしゅう）が「身は是れ菩提樹、心は明鏡の台の如し。時時に勤めて払拭し、塵埃を染めしむること莫れ」という詩を壁に書きました。それに対し、慧能は「菩提本（もと）樹に非ず、明鏡も亦（また）台に非ず。本（もと）より一物も無し、何（いず）れの処（ところ）か塵埃（じんあい）有らん」という詩を詠み、自己の本性は本来清浄であり、塵など存在しないことを示しました。

一般的に、心を清めて悟りに達すれば塵が気にならなくなると考えられがちですが、慧能は、そこに「塵を認識する心」が残っていると指摘します。その心さえも捨て去って、初めて「どこに塵があるのか」という境地に達することができると説きます。これが「見性成仏」です。

この考え方は、一切の汚れは妄想によって存在するとし、妄想を止めることで、そのもの自体が仏の世界であるという思想を示します。この思想は、『壇経』において明確に語られています。

また、『壇経』は南方禅（頓悟禅）の教義の基盤とされ、慧能の弟子である神会（じんね）がその教えを基に編纂したという説が有力です。この教えは、その後の禅宗の発展に大きな影響を与えました。

伝来と影響

『壇経』の成立については、道元（どうげん）が偽書であると指摘するなど、疑いを抱く人もいます。同時代にも、慧能の弟子である慧忠（えちゅう）が『壇経』が改変されたと憤慨しています。改変者はおそらく荷沢神会（かたくじんね）であるとされています。神会は慧能の死後もその教えを守り、南方禅を広めて、北方禅（神秀の系統）を圧倒しました。

『壇経』は、当初は嗣法の証として伝授され、世に広まることはありませんでしたが、9世紀以降に一般に普及しました。現在では、敦煌出土本と恵昕編集本という二つの系統が確認されています。敦煌出土本の方が時代的には古いものの、内容では恵昕本が優れているとする指摘もあり、どちらが本来の形を留めているかについては意見が分かれています。前者を荷沢宗、後者を洪州宗の一門の手による成立とする見方もあります。

中国語では『六祖大師法寶壇經』と表記され、英語では"Platform Sutra"と呼ばれています。Philip Yampolskyによる英訳も存在します。

『六祖壇経』は、禅宗の思想を理解する上で欠かせない重要な経典であり、その教えは現代においても多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索