初恋 (ツルゲーネフ)

初恋 (Первая Любовь)

イワン・ツルゲーネフが1860年に発表した中編小説『初恋』は、主人公ウラジーミルが自身の16歳の頃の初恋を回想する形式で描かれています。半自伝的な要素を持ち、作者自身が生涯で最も愛した作品とも言われています。

あらすじ

物語は、40代になったウラジーミルが、過去の恋を振り返る場面から始まります。1833年の夏、16歳のウラジーミルはモスクワ郊外の別荘で、隣に引っ越してきた美しい女性ジナイーダに心を奪われます。ジナイーダは多くの男性を魅了するコケットであり、彼女の周りには多くの「崇拝者」たちが集まっていました。

ウラジーミルは、ジナイーダの家に出入りするうちに、彼女が男性たちを弄んでいることを知ります。しかし、その事実を知っても、彼の恋心はますます募るばかりでした。彼は恋の苦しみに苛まれ、眠れない夜を過ごし、雷鳴を聞きながらジナイーダのことを想います。そして、自分が恋をしているのだと自覚します。

ジナイーダはウラジーミルの気持ちに気づいていながら、彼を弄ぶように振る舞います。「自分を服従させる人だけが興味がある」と語る彼女は、ウラジーミルをただの崇拝者の一人としてしか見ていませんでした。しかし、ある日を境に、ジナイーダの様子が変わり始めます。彼女が恋に落ちたことを悟ったウラジーミルは、嫉妬と疑心暗鬼に苦しみます。

ジナイーダの態度は、ウラジーミルに対してだけ特別であり、彼女は時折、彼を激しく見つめたり、突き放したり、優しくなったりと、感情の波が激しくなります。彼女の行動はウラジーミルを混乱させ、苦悩を深めます。そして、ついにウラジーミルは、ジナイーダの恋の相手が自分の父親であることを知ってしまいます。

その後、ウラジーミル一家はモスクワを離れることになります。別れ際、ジナイーダはウラジーミルに「恨まないでね」と声をかけ、ウラジーミルは「一生あなたを愛します」と答えます。しかし、引っ越し後も、ジナイーダはウラジーミルの父親を追いかけ、二人が密会している場面を目撃してしまいます。その時、父親がジナイーダを鞭で打つ姿を見て、ウラジーミルは愛欲の本質を悟ります。

数年後、ウラジーミルは父親が「女の愛を恐れよ」という言葉を残して亡くなったことを知ります。さらに、ジナイーダが結婚したものの、間もなく急死したことを知らされます。彼女の死に大きな衝撃を受けたウラジーミルは、青春の日々を振り返り、その魅力を再認識します。

登場人物

ウラジーミル・ペトローヴィチ: 主人公。物語は彼の視点で語られます。
ジナイーダ・アレクサンドロウナ: ヒロイン。ウラジーミルの初恋の相手。コケットで奔放な女性。
ピョートル・ヴァシーリニチ: 主人公の父。魅力的な美男子だが、女性関係にだらしない。
ザセーキナ公爵夫人: ジナイーダの母。
ヴォニファーチ: ジナイーダの家の召使。
ルージン/ルーシン: ジナイーダの崇拝者の一人。医者。
マレイフスキー: ジナイーダの崇拝者の一人。伯爵。
マイダーノフ: ジナイーダの崇拝者の一人。詩人。
ベロヴゾーロフ: ジナイーダの崇拝者の一人。軽騎隊。
ニルマーツキー: ジナイーダの崇拝者の一人。予備大尉。

作品の特徴

『初恋』は、主人公の心理描写が非常に繊細で、初恋の甘美さと苦しさを鮮やかに描き出しています。ツルゲーネフの美しい文章表現も特筆すべき点であり、読者を物語の世界に引き込みます。また、主人公の父の不倫やジナイーダの奔放な行動など、当時の社会風俗を反映した描写も、作品の魅力を深めています。

半自伝的要素

この作品は、作者自身の体験に基づいた半自伝的な要素を含んでいます。ツルゲーネフの父親も、作中のウラジーミルの父と同様、美男子で女性関係が派手だったとされています。また、ツルゲーネフ自身が生涯独身だったことも、主人公ウラジーミルと共通しています。作中で父親が残した「女の愛を恐れよ」という言葉は、実際にツルゲーネフの父親が彼に語っていた言葉とされています。

影響と評価

『初恋』は、発表以来、多くの読者に愛され、さまざまな形で映像化・翻案されてきました。その普遍的なテーマと美しい文章は、時代を超えて人々の心を捉え続けています。

主な邦訳

生田春月 訳『ツルゲエネフ全集3 初恋』新潮社、1918年。
米川正夫 訳『初恋』岩波書店〈岩波文庫〉、1933年。
神西清 訳『はつ恋』新潮社〈新潮文庫〉、1952年。
沼野恭子 訳『初恋』光文社〈光文社古典新訳文庫〉、2006年。

映像作品

『あすなろ物語』（1955年） - 堀川弘通監督（原作は井上靖で久我美子が出る第3部は『初恋』の翻案）
『初恋（ファースト・ラブ）』（1970年） - マクシミリアン・シェル監督　ドミニク・サンダ主演
『LOVER'S PRAYER―はつ恋』（2000年） - リヴァージ・アンセルモ監督　キルスティン・ダンスト主演
『はつ恋』（1975年）　小谷承靖監督　仁科明子主演
『初恋 夏の記憶』（2009年） - 野伏翔監督　多岐川華子主演

翻案作品

『原宿初恋探偵社』（1987年9月7日、CX、19:30 - 20:54放送） - 渡辺千明原案、高野正雄演出

漫画版

「いちごの庭」（大島弓子、虫プロ商事、『野イバラ荘園』収録） 1972
『はつ恋』（岡元敦子、ユニコン出版、世界名作コミック3） 1976

外部リンク

『はつ恋』：新字新仮名 - 青空文庫（神西清訳）
『「はつ恋」解説』：新字新仮名 - 青空文庫（神西清による解説）

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