北松炭田

北松炭田：地質と歴史

北松炭田は、長崎県北部と佐賀県西部の一部、北松浦半島一帯に広がる炭田で、佐世保炭田とも呼ばれています。この地域は、かつて良質な原料炭を産出し、日本の近代化を支える重要なエネルギー供給地でした。

地質

北松炭田の地質は、主に中新世の佐世保層群と相浦層群から構成されています。これらの地層には石炭が含まれており、特に相浦層、中里層、柚木層、世知原層、福井層が主要な夾炭層です。佐世保市域を中心に発達する相浦層群と、より広範囲に連続して分布する佐世保層群の炭層が、この炭田の重要な特徴です。

主要な稼行炭層としては、相浦層群中の新田五尺層、新田四尺層、大瀬五尺層、モエズ炭層、川釣炭層、そして佐世保層群中の柚木三枚層、鹿町三尺層、砂盤炭層、松浦三尺層、福井一枚層などが挙げられます。これらの炭層は、炭田の中央部を南北に走る佐々川断層を境にして、東西で異なる地質構造を示しています。西側は10〜20度の傾斜を持つ半ドーム状構造、東側は緩やかな盆状構造を呈しており、この構造の違いが炭層の分布や炭質に影響を与えています。また、北松浦玄武岩などの火山岩も、この地域に点在しています。

炭質に関しても、東西で違いが見られます。西側では強粘結炭が、東側では弱粘結炭が分布しており、全体としては低度歴青炭が多いものの、一部には高度歴青炭や無煙炭、黒色褐炭に近いものも存在します。特に鹿町地区では、コークス原料として重要なB1〜B2級の強粘結炭が産出されていました。

炭層は層状をなし、輝炭部と暗灰部が互層をなす部分では粉炭化しやすいという特徴があります。興味深いことに、粉炭化しやすい部分の方が、塊炭部よりも炭質が良いとされています。炭層は60枚以上存在するとされていますが、その多くは薄く、実際に採掘されたのは20層前後です。特に原料炭として重宝された北松炭の炭層は、わずか10〜20センチ程度の薄さのものまで採掘されました。

層序的には、佐世保層群と相浦層群は、東側の唐津炭田の主要層である杵島層群の上位に位置し、石炭化度も唐津炭田よりも高いという特徴があります。また、平戸市田助では、鮮新世の地層から小規模な亜炭が採掘された記録も残っています。北松炭田の総面積は約700平方キロメートル、理論埋蔵量は推定約10億トンとされています。

名称の変遷

近代に入り、この地域の地質調査が進むにつれて、当初は佐世保炭田や伊万里炭田と呼ばれていました。しかし、1935年と1938年に上治寅次郎が発表した論文で、これらの炭田を合わせて「北松炭田」と命名しました。その後、北松浦炭田という呼称も使われましたが、第二次世界大戦後、炭田探査審議会によって「佐世保炭田」と改称され、この名前が広く使われるようになりました。

分布

北松炭田は、主に以下の地域に分布しています（1940年代当時の市町村を記載）。

長崎県：佐世保市（旧東彼杵郡佐世保村、佐世村、日宇村、旧北松浦郡相浦町、中里村、皆瀬村、大野町、柚木村、吉井町、世知原町、小佐々町、江迎町、鹿町町）、松浦市（旧北松浦郡志佐町、上志佐村、新御厨町、調川町、今福町、鷹島町、福島町）、北松浦郡佐々町
佐賀県：伊万里市（山代町、二里町）

歴史

北松炭田地域における採炭事業の歴史は、平戸藩時代にまで遡ります。明治時代に入ると、近代的な設備を備えた炭坑が次々と開かれ、大正時代には産出した石炭の輸送を目的とした佐世保鉄道（後の国鉄松浦線、現在の松浦鉄道西九州線の一部）が建設されるなど、インフラ整備も進みました。

戦後間もない1955年（昭和30年）には、最盛期を迎え、98ヶ所の炭坑が操業し、年間出炭量は336万トン、従業員総数は約1万8千人に達しました。しかし、その後のエネルギー革命による合理化の波、そして中小零細経営が多かったことが影響し、急速に閉山が進みました。1962年には産炭地域振興臨時措置法の指定を受け、1973年11月には本ヶ浦鉱の閉山をもって、北松炭田の石炭採掘の歴史は幕を閉じました。

史跡・資料館

北松炭田の歴史を今に伝える資料館も存在します。

佐世保市世知原炭坑資料館：旧松浦炭坑事務所を利用し、北松炭田や旧世知原線に関する資料を展示しています。
松浦市立福島歴史民俗資料館：福島町内における採炭の歴史に関する資料を展示しています。

参考文献

本記事を作成するにあたり、以下の文献を参照しました。

東亜興鉱社『九州及山口県主要炭鉱案内』（1941年）
地学団体研究会 編『最新 地学事典』（2024年）
日本の地質編集委員会 編『日本の地質 9 九州地方』（1993年）
松井和典、古川俊太郎、沢村孝之助『5万分の1地質図幅説明書 佐世保』（1989年）
今井功、沢村孝之助、吉田尚『5万分の1地質図幅説明書 伊万里』（1958年）
沢田秀穂、沢村孝之助、今井功、長浜春夫『5万分の1地質図幅説明書 平戸』（1955年）
「日本の石炭資源」『地質ニュース』（1956年）
長崎県政策調整局広報広聴課『ながさき夢百景』（2005年）

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