博物館の恐怖

博物館の恐怖：クトゥルフ神話の闇と狂気

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト（HPL）がヘイゼル・ヒールドのために1932年10月に執筆したとされる短編小説『博物館の恐怖』（原題：The Horror of the Museum）は、クトゥルフ神話の世界観を濃厚に感じさせる作品として知られています。石化を題材とした他のヒールド名義の作品と同様、本作品もまた、クトゥルフ神話特有の異様な雰囲気と恐怖を巧みに描き出しています。

特に興味深いのは、ヨグ＝ソトースの像が虹色の球体の集積物として登場する点です。これはHPLがヨグ＝ソトースの姿を具体的に描写した唯一の例として、多くのクトゥルフ神話研究家の注目を集めています。さらに、フランク・ベルナップ・ロングの『ティンダロスの猟犬』『恐怖の山』、オーガスト・ダーレスの『潜伏するもの』といった作品からの要素も取り入れられており、クトゥルフ神話作品群との密接な繋がりを感じさせる構成となっています。

ロンドンの地下博物館で起こる怪事件

物語は、ロンドンのサウスウォーク・ストリート地下にあるロジャーズ博物館を舞台とします。この博物館には、冒涜的な神々を模した蝋人形が展示されており、オカルトマニアの主人公スティーヴン・ジョーンズは、館長であるジョージ・ロジャーズと親しくなります。しかし、ジョーンズがロジャーズの話をでたらめだと笑い飛ばしたことから、事態は急変します。

ロジャーズは、展示品の一部は人工物ではなく、北極圏の地下で眠る神を発見して持ち帰ったと主張し始めます。遺跡の写真、無残に血を吸われた犬の死骸、そして彼が持ち帰ったという邪神像をジョーンズに見せます。やがて彼は、その邪神像の神官を自称し、ジョーンズを煽り立てるようになります。そして、ジョーンズが博物館で一晩過ごせるかどうかを賭けに挑むのです。

夜、博物館を訪れたジョーンズは、ロジャーズに襲われ、生贄にされそうになります。しかし、ジョーンズは反撃し、ロジャーズを縛り上げます。その瞬間、邪神像が動き出し、ロジャーズに襲い掛かります。ジョーンズは必死に博物館から逃げ出します。

2週間後、博物館を訪れたジョーンズは、ロジャーズが海外出張中で、新たな展示『ラーン＝テゴスの生贄』が警察から展示禁止になっていることを助手のオラボーナから聞かされます。しかし、ジョーンズは、その神像の犠牲者の頬にロジャーズと同じ傷跡を発見し、オラボーナがロジャーズの遺体を展示していることに気づき、卒倒します。

邪神ラーン＝テゴス：クトゥルフ神話の新たな脅威

『博物館の恐怖』で初登場するラーン＝テゴスは、高さ約3メートルもある異様な姿をした邪神像です。ハサミ状の先を持つ6本の足、丸い胴体、3つの魚のような目、そして長い鼻を持っています。全身を覆う毛のようなものは実は触手で、先端には吸盤があり、そこから血を吸います。

物語の中では、ラーン＝テゴスはアラスカの石造都市で仮死状態にあったとされ、ロジャーズとオラボーナによってロンドンへと運ばれてきたとされています。しかし、これは狂気に染まったロジャーズの主張であり、ラーン＝テゴスの正体、そしてその存在については、物語の中で完全には明かされません。

作品への影響と評価

『博物館の恐怖』は、その独特の雰囲気とクトゥルフ神話との密接な関連性から、多くの作家や研究家に影響を与えてきました。フランク・ベルナップ・ロングの『恐怖の山』とのプロットの類似性や、リン・カーターの『陳列室の恐怖』へのタイトルの流用など、その影響は多岐に渡ります。

東雅夫氏や朱鷺田祐介氏など、多くの評論家もこの作品について高い評価を与えています。特に、邪神像が並ぶ蝋人形館という舞台設定や、クトゥルフ神話作品群の統合化への貢献、そしてラーン＝テゴスの描写におけるラヴクラフトの「恐ろしさと遊び心」が評価されています。

『博物館の恐怖』は、HPLの代表作の一つであるだけでなく、クトゥルフ神話というジャンル全体への大きな影響を与えた作品であり、その独特の雰囲気とスリリングな展開は、読者に深い印象を残すことでしょう。ラーン＝テゴスという新たな脅威の登場は、クトゥルフ神話の世界に新たな深みと広がりをもたらし、今もなお多くのファンを魅了し続けています。そして、その謎めいた存在は、今後のクトゥルフ神話作品においても重要な役割を果たしていくことでしょう。

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