市井三郎

市井三郎（いちい さぶろう）は、1922年6月18日に生まれ、1989年6月28日に没した日本の哲学者です。専門は分析[[哲学]]と社会思想であり、戦後の日本の思想界に大きな影響を与えました。

生涯と学歴

大阪府に生まれた市井は、大阪大学理学部を卒業後、イギリスのマンチェスター大学を経てロンドン大学大学院哲学科を修了しました。1954年には愛知教育大学の助教授に就任し、その後、1961年からは成蹊大学で教授を務めました。彼の学術的なキャリアは、国際的な視野と深い専門知識に裏打ちされたものでした。

思想運動への参加

市井は、戦後の思想運動にも積極的に関わりました。鶴見俊輔らが主催した「思想の科学研究会」に参加し、機関誌『思想の科学』の編集や執筆を担いました。1970年代には、鶴見和子、山田慶児、桜井徳太郎らと共に「思想の冒険」グループを結成し、既成の枠にとらわれない新たな思想の探求を試みました。また、1980年代には、山口一郎、加々美光行、山本恒人らと共に文化大革命の研究グループを組織し、中国の社会変動についても考察を深めました。

研究内容と業績

市井の研究は、歴史の進歩を直線的に捉える歴史必然論的な進歩史観を批判し、歴史の転換期に重要な役割を果たす「キー・パーソン」の存在を重視する独自の歴史観を提唱しました。これは、歴史を動かすのは単なる社会構造や経済的要因だけでなく、個人の思想や行動が大きな影響を与えるという視点を示すものでした。

また、市井はバートランド・ラッセルの研究者としても知られ、数多くのラッセルの著作を翻訳しました。彼の翻訳は、日本の読者にラッセルの思想を深く理解させる上で大きな貢献を果たしました。

著作

市井は、数多くの著作を発表しました。主な著作には以下のようなものがあります。

『ホワイトヘッドの哲学』（弘文堂、1956年）：アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの哲学を解説した著作です。
『哲学的分析：社会・歴史・論理についての基礎的試論』（岩波書店、1963年）：彼の主要な哲学的立場をまとめた著作です。
『「明治維新」の哲学』（講談社現代新書、1967年）：明治維新を哲学的な視点から考察した著作です。
『歴史の進歩とはなにか』（岩波新書、1971年）：自身の歴史観をまとめた著作です。
『歴史を創るもの』（第三文明社、1978年）：歴史における個人の役割を論じた著作です。
『人類の知的遺産　ラッセル』（講談社、1980年）：ラッセルの思想を紹介した著作です。

共編著

『科学の哲学』（河出書房、1968年）
『開国の苦しみ』（三一書房、1969年）
『伝統的革新思想論』（平凡社、1972年）
『人類の行方』（みすず書房、1972年）
『思想の冒険－社会と変化の新しいパラダイム』（筑摩書房、1974年）
『武田範之伝－興亜前提史』（日本経済評論社、1989年）

訳書

市井は、多くの海外の哲学者の著作を翻訳しました。その中でも特にバートランド・ラッセルの著作を多く翻訳しており、彼の研究者としての側面を示しています。主な訳書には以下のようなものがあります。

ガモフ『原子探検のトムキンス』（白揚社、1950年）
アインシュタイン『アインシュタイン晩年に想う』（日本評論社、1950年）
レオポルト・インフェルト『神々の愛でし人 世紀の数学者エヴァリスト・ガロアの生涯』（日本評論社、1950年）
H・G・タウンセント『アメリカ哲学史』（岩波書店、1951年）
ジョン・サマヴィル『ソヴェートの哲学　その理論と現実』（理想社、1951年）
ハンス・ライヘンバッハ『科学哲学の形成』（みすず書房、1954年）
バートランド・ラッセル『西洋哲学史』（みすず書房、1954‐56年）
カール・R・ポパー『歴史主義の貧困－社会科学の方法と実践』（中央公論社、1961年）

市井三郎の思想の現代的意義

市井三郎の思想は、現代においても重要な示唆を与えます。歴史を動かすのは個人の思想や行動であるという視点は、社会の変革を志す人々にとって大きな励みとなります。また、歴史の進歩を直線的に捉えるのではなく、複雑な要因が絡み合って歴史が形成されるという視点は、現代社会の複雑な問題を理解する上で不可欠です。

市井三郎は、その生涯を通じて、哲学、社会思想、歴史学の分野で多大な貢献をしました。彼の業績は、後世の研究者や思想家に大きな影響を与え続けています。

もう一度検索