史記 (横山光輝の漫画)
横山光輝による歴史漫画『史記』は、小学館の漫画雑誌『ビッグゴールド』にて1992年の創刊号から1997年にかけて本編が連載され、さらに1998年から1999年の休刊号まで「史記列伝」が描かれました。本作は単行本全15巻（文庫版は全11巻）、そして『史記列伝』1巻として刊行されています。横山作品の中では、同時期を舞台にした『項羽と劉邦』や『戦国獅子伝』なども知られています。
青年誌での連載という特性もあり、特に物語の核となる『項羽と劉邦』の時代については、他の横山作品で省略されがちなエピソードが詳細に描かれているのが特徴です。例えば、睢水の戦いに敗れた劉邦が逃走中に自らの子を馬車から突き落とそうとする場面や、天下統一後に功臣・韓信に対する猜疑心を募らせ、彼を死に追いやる経緯、さらには蕭何が劉邦の疑念を晴らすために苦心する様子などが、克明に描写されています。
物語は、漢の時代、太史令を務める司馬談の子として生まれた司馬遷の生涯を軸に進みます。学問に秀でた司馬遷は、35歳にして順調な出世の道を歩んでいました。その頃、漢帝国は武帝の下で絶頂期を迎え、盛大な封禅の儀式が執り行われます。司馬遷の父・司馬談もこの儀式を調査し参加する予定でしたが、病に倒れ参加を断念しました。臨終の際、司馬談は息子に「太史令となり、後世まで語り継がれるべき賢人や名君の記録を残してほしい」という遺命を託し、世を去ります。
父の願いを受け継いだ司馬遷は太史令となり、優れた暦法である太初暦を完成させます。しかし、彼の運命は一転します。友人の李陵が匈奴との戦いで孤立し、降伏したことを擁護したため、武帝の怒りを買って投獄されてしまうのです。司馬遷は、死刑、多額の罰金納付、あるいは宮刑という過酷な選択を迫られます。父の遺言を実現するため、彼は屈辱的な宮刑を受け入れ、生き延びる道を選びました。
後に武帝は司馬遷を宮刑に処したことを気にかけ、彼を中書令に任じます。この地位を得た司馬遷は、宮廷内の豊富な書物を自由に閲覧できる環境を得ました。彼はこの機会を最大限に活かし、父から託された使命を果たすべく、壮大な歴史書『史記』の編纂に没頭します。そして完成した書物を娘に託し、亡き父・司馬談への思いを胸に、「父上、あとは後世の評価を待つだけでございます」と静かに語るのでした。
横山版『史記』は、司馬遷の原典『史記』を基にしていますが、漫画作品として再構築する過程で多くの省略が行われています。これは、膨大な歴史書を物語として描く上で避けられない措置であり、描かれた個々の場面については、原典にかなり忠実な描写がなされています。しかし、細部に目を向けると、原典と異なる解釈や描写が見られる箇所が少なくありません。
例えば、呉越の戦いに触れる場面では、原典の「嘗胆」に加え、『十八史略』に記述される「臥薪」のエピソードも取り入れ、「臥薪嘗胆」という故事成語として描かれています（作中のナレーションでもその出典に言及）。また、衛の呉起が斉出身の妻を離縁する話では、横山版ではルスの君主への疑いを晴らすためとしていますが、原典では大夫の讒言に対し名誉を守るためと動機が異なり、さらに合戦後に妻を殺害したという不穏な噂が流れたとされています。商鞅の最期についても、横山版では逃亡の末に捕らえられ車裂きにされたと描かれますが、原典では逃亡先の魏から送還された後、自領で兵を集めて戦死し、その遺体が車裂きにされたとされています。
登場人物の行動や結末に関しても差異が見られます。秦の韓非が自害に至る経緯では、横山版では同門の誼から李斯が毒薬を渡したとしていますが、原典では李斯が韓非の才能を妬み、意図的に自害に追い込んだとされます。楚を滅ぼした後の最後の王・負芻の扱いについても、横山版では処刑されたと描かれますが、原典では捕虜になったことのみが記され、その後の記述はありません。さらに、垓下の戦いにおける虞美人の最期について、横山版では項羽の歌に答えた後に自害するという劇的な展開が描かれますが、これは原典にはなく、『通俗漢楚軍談』に基づくエピソードです。
他にも、漢の呂后や斉の哀王、淮南厲王劉長、呉楚七国の乱における晁錯や袁盎に関する描写など、事件の経緯や人物間のやり取りにおいて、原典と異なる詳細や解釈が付加されている箇所が多数存在します。また、原典では名前が記されている特定の人物（宋義誅殺を知らせる使者、南陽郡守、英布を説得する説客など）や、人物の関係性（魏豹と魏咎、酈商と酈食其など）が、横山版では触れられていないケースも見られます。
これらの差異は、歴史書としての厳密さよりも、漫画作品としてのドラマ性や分かりやすさを優先した結果として解釈できます。横山光輝の『史記』は、司馬遷自身の苦難の生涯と、彼が遺した不朽の歴史叙述を、独自の筆致と解釈を交えながら描き出した、壮大で読み応えのある作品と言えるでしょう。
青年誌での連載という特性もあり、特に物語の核となる『項羽と劉邦』の時代については、他の横山作品で省略されがちなエピソードが詳細に描かれているのが特徴です。例えば、睢水の戦いに敗れた劉邦が逃走中に自らの子を馬車から突き落とそうとする場面や、天下統一後に功臣・韓信に対する猜疑心を募らせ、彼を死に追いやる経緯、さらには蕭何が劉邦の疑念を晴らすために苦心する様子などが、克明に描写されています。
物語は、漢の時代、太史令を務める司馬談の子として生まれた司馬遷の生涯を軸に進みます。学問に秀でた司馬遷は、35歳にして順調な出世の道を歩んでいました。その頃、漢帝国は武帝の下で絶頂期を迎え、盛大な封禅の儀式が執り行われます。司馬遷の父・司馬談もこの儀式を調査し参加する予定でしたが、病に倒れ参加を断念しました。臨終の際、司馬談は息子に「太史令となり、後世まで語り継がれるべき賢人や名君の記録を残してほしい」という遺命を託し、世を去ります。
父の願いを受け継いだ司馬遷は太史令となり、優れた暦法である太初暦を完成させます。しかし、彼の運命は一転します。友人の李陵が匈奴との戦いで孤立し、降伏したことを擁護したため、武帝の怒りを買って投獄されてしまうのです。司馬遷は、死刑、多額の罰金納付、あるいは宮刑という過酷な選択を迫られます。父の遺言を実現するため、彼は屈辱的な宮刑を受け入れ、生き延びる道を選びました。
後に武帝は司馬遷を宮刑に処したことを気にかけ、彼を中書令に任じます。この地位を得た司馬遷は、宮廷内の豊富な書物を自由に閲覧できる環境を得ました。彼はこの機会を最大限に活かし、父から託された使命を果たすべく、壮大な歴史書『史記』の編纂に没頭します。そして完成した書物を娘に託し、亡き父・司馬談への思いを胸に、「父上、あとは後世の評価を待つだけでございます」と静かに語るのでした。
横山版『史記』は、司馬遷の原典『史記』を基にしていますが、漫画作品として再構築する過程で多くの省略が行われています。これは、膨大な歴史書を物語として描く上で避けられない措置であり、描かれた個々の場面については、原典にかなり忠実な描写がなされています。しかし、細部に目を向けると、原典と異なる解釈や描写が見られる箇所が少なくありません。
例えば、呉越の戦いに触れる場面では、原典の「嘗胆」に加え、『十八史略』に記述される「臥薪」のエピソードも取り入れ、「臥薪嘗胆」という故事成語として描かれています（作中のナレーションでもその出典に言及）。また、衛の呉起が斉出身の妻を離縁する話では、横山版ではルスの君主への疑いを晴らすためとしていますが、原典では大夫の讒言に対し名誉を守るためと動機が異なり、さらに合戦後に妻を殺害したという不穏な噂が流れたとされています。商鞅の最期についても、横山版では逃亡の末に捕らえられ車裂きにされたと描かれますが、原典では逃亡先の魏から送還された後、自領で兵を集めて戦死し、その遺体が車裂きにされたとされています。
登場人物の行動や結末に関しても差異が見られます。秦の韓非が自害に至る経緯では、横山版では同門の誼から李斯が毒薬を渡したとしていますが、原典では李斯が韓非の才能を妬み、意図的に自害に追い込んだとされます。楚を滅ぼした後の最後の王・負芻の扱いについても、横山版では処刑されたと描かれますが、原典では捕虜になったことのみが記され、その後の記述はありません。さらに、垓下の戦いにおける虞美人の最期について、横山版では項羽の歌に答えた後に自害するという劇的な展開が描かれますが、これは原典にはなく、『通俗漢楚軍談』に基づくエピソードです。
他にも、漢の呂后や斉の哀王、淮南厲王劉長、呉楚七国の乱における晁錯や袁盎に関する描写など、事件の経緯や人物間のやり取りにおいて、原典と異なる詳細や解釈が付加されている箇所が多数存在します。また、原典では名前が記されている特定の人物（宋義誅殺を知らせる使者、南陽郡守、英布を説得する説客など）や、人物の関係性（魏豹と魏咎、酈商と酈食其など）が、横山版では触れられていないケースも見られます。
これらの差異は、歴史書としての厳密さよりも、漫画作品としてのドラマ性や分かりやすさを優先した結果として解釈できます。横山光輝の『史記』は、司馬遷自身の苦難の生涯と、彼が遺した不朽の歴史叙述を、独自の筆致と解釈を交えながら描き出した、壮大で読み応えのある作品と言えるでしょう。
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