唐朝におけるイスラーム

唐朝におけるイスラームは、中国におけるイスラームの歴史の始まりを告げるものです。651年、正統カリフが派遣した使節が唐を訪れたことが、イスラームが中国に伝来した最初の記録とされています。この出来事を皮切りに、アラビアやペルシアから多くの商人が陸路や海路を通じて唐を訪れました。彼らは「胡人」や「蕃客」と呼ばれ、広州や長安で商業活動を展開し、イスラームは自然な形で唐へと広がっていきました。742年には、中国最古のモスクである西安大清真寺が建立され、イスラームが唐社会に根付き始めたことを示しています。

名称

中国では、イスラームやムスリムを指す言葉として「回教」や「回民」などが用いられますが、唐朝においては、イスラームは「大食法」、西アジアから来たムスリムは「胡人」や「蕃客」と称されていました。これらの言葉は、当時の人々がイスラームとムスリムをどのように捉えていたかを示しています。

歴史

起源

イスラームが中国に伝来した時期については諸説ありますが、唐の正史である『唐書』には、651年に大食国（アラブ）が使者を派遣したという記述があり、この出来事がイスラーム伝来の起源とされています。使節を派遣したのは、第3代正統カリフであるウスマーンであると考えられています。ただし、当時の東西の交流は盛んであったため、651年以前にもイスラームを信仰する人々が中国にいた可能性も指摘されています。651年から798年にかけて、37回以上の使節が唐を訪れたと記録されています。712年には、ウマイヤ朝の使者が皇帝に謁見した際、「アッラーに対してのみ礼拝し、王には礼拝しない」として跪拝を拒否したという逸話も残っています。

唐とアッバース朝との接触

ムハンマドの死後、イスラーム勢力は拡大を続け、唐に属していたアムールやシルの部族にまで及ぶようになりました。750年、唐の将軍である高仙芝は、タシュケント（石国）の王が唐の藩臣としての礼を欠いたことを理由にタシュケントを攻撃しました。王は殺害され、タシュケントの王子はアッバース朝に救援を求めました。これを受けて、アッバース朝は唐に向けて軍勢を進め、高仙芝は3万の兵を率いてタラス城に至りました。両軍は5日間にらみ合いましたが、唐の一部の兵士がアッバース朝に寝返り、高仙芝は挟撃されて大敗しました。このタラス河畔の戦いでのアッバース朝の勝利は、中央アジアのイスラーム化を促進しましたが、アッバース朝が中国本土に進出することはありませんでした。

その後、唐とアッバース朝は和解し、互いに使節を派遣し合いました。756年には、節度使の安禄山が反乱を起こし、この安史の乱において、唐はアッバース朝に援軍を要請し、1000人以上の兵が派遣されました。これらの兵士は、乱が鎮圧された後も帰国せず、長安近辺に定住しました。また、安史の乱の混乱の中、首都長安では4000人以上のムスリムが身動きが取れなくなったと記録されています。吐蕃が安史の乱に乗じて唐の西方を占領したことで、唐と西域との交通が途絶えてしまいました。

ムスリムの虐殺

760年の宋州刺史の反乱では、揚州で数千人の外国商人が殺害されました。また、879年に黄巣の乱が広州に及んだ際、ムスリム、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒など12万人から20万人が虐殺されたと伝えられています。これらの虐殺は、宗教的な理由や組織的な脅威によるものではなく、単に彼らの財産が目的であったと考えられています。

会昌の廃仏

845年、武帝によって仏教を含むすべての外来宗教が首都長安から追放されました。これにより、中国のマニ教は大きく勢力を失い、ゾロアスター教はほぼ消滅しましたが、イスラームは職業宗教家がいなかったことが幸いし、追放を免れました。

社会

蕃坊

唐を訪れたムスリムは、毎日の礼拝や漢民族との文化的な違いから、自然と特定の地域に集まって暮らすようになりました。唐はこのようなムスリムの居住区を「蕃坊」と呼び、蕃坊内の紛争を解決するために、徳と人望のあるムスリムを「蕃長」に任命しました。また、ムスリム間の争いを裁くための法官も任命され、イスラームの戒律に基づいて判決が下されました。唐の法律である『唐律』には、「外国人が同類の間で事件を起こした場合、その本国の法律によって処理し、異類の間では法律に従う」と定められています。851年に中国を訪れたアラブ商人スライマーンは、広州の蕃坊について記録を残しており、その様子を伝えています。また、元代に広州を訪れたイブン・バットゥータも、蕃坊の様子を詳細に書き残しています。

広州の蕃坊では、本国のカリフの名前を唱えて金曜礼拝が行われていました。安史の乱によって吐蕃が西域との交通を遮断したため、長安に取り残された胡人や蕃客は、役所からの給与に頼って生活していました。徳宗の時代になり、長期滞在する外国人が問題視され、宰相の李泌が戸籍を調査したところ、4000人以上の蕃客や胡人が長安に定住していることが判明しました。李泌は彼らに給与の停止を命じ、「外国からの使者でありながら、長年首都に滞在して帰国しない者は、直ちに帰国するか職を得て俸給を得るか決めよ」と述べました。これを受けて、大半の胡人や蕃客は仕事を見つけて長安に留まることを選びました。

ムスリムの中国化

蕃客や胡人と漢民族の結婚は禁止されず、混血が進みました。中国風の名前への改姓が進み、本籍地を名字にする人も現れました。蕃客や胡人の中国化は進み、中には出身地や母語を忘れて漢民族と完全に同化した者もいました。

経済

中国を訪れたムスリムの主な目的は交易でした。彼らは高度な文化と商業ノウハウを持つアラブ人やペルシア人であり、唐にとって無視できない存在でした。長安の商業はアラブ人とペルシア人が牛耳っていましたが、743年に玄宗が西域との経済的な断交を命じたことで、ムスリム商人は海路での来訪を余儀なくされました。

文化

製紙法の西伝

後漢の時代に蔡倫が発明した製紙法は、751年のタラス河畔の戦いを機に西へと伝わりました。この戦いで捕虜となった中国人の中に製紙職人が含まれており、彼らが移送されたサマルカンドからアッバース朝へと製紙法が伝わり、それがヨーロッパなどさらに西へと広がっていきました。中国の絵画や繊維も同様に西へと伝わりました。

建築

ムスリムが多く居住していた広州や首都長安にはモスクが建設されました。742年には、中国最古のモスクとされる西安大清真寺が建立され、広州には中国最古のイスラーム建築である懐聖寺が建てられました。

参考文献

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