善慶

善慶（ぜんけい）

善慶（ぜんけい、建久8年（1197年） - 正嘉2年（1258年）7月頃）は、鎌倉時代に奈良を中心に活躍した仏師です。「善派」と呼ばれる仏師の一派を率いました。

生涯

善慶は、もともと善円という名で活動していました。長らく善円は善派仏師である善円の実子または弟子と考えられてきましたが、1983年の研究により、善円と善慶の生年が一致することが判明し、両者は同一人物であるという説が有力となりました。仏師の善春は息子です。

善円時代の活動

善円として活動していた時代の最初の現存作品は、承久3年（1221年）銘のある奈良国立博物館所蔵の十一面観音立像です。像内には長文の墨書と金剛般若波羅蜜経が納められており、春日信仰を背景に、多くの人々の結縁によって制作されたことがわかります。

次に現存するのは、アジアソサエティ所蔵の地蔵菩薩立像です。この像にも像内に長文の墨書がありますが、制作年代を示す記述はありません。しかし、結縁者として名を連ねる僧の僧位から、元仁2年 - 嘉禄2年（1225年 - 1226年）頃の造像と推定されています。東京国立博物館所蔵の文殊菩薩立像は、作者や制作年代を示す資料がないものの、作風や像高が前述の十一面観音像や地蔵菩薩像と類似していることから、善円の作とされています。

これらの像は、春日社の四所明神と若宮の本地仏5体一具として制作されたうちの3体が現存するものとする説があります。

地蔵菩薩像の胎内銘にある結縁交名には、興福寺の高僧である範円、実尊、尊遍、実信らの名前が記されています。また、善円の作風とみられる伝香寺地蔵菩薩像にも、信円、覚憲、貞慶、雅縁、範信、蔵俊といった興福寺の有力僧の名が入った納入品があることから、善円は元々興福寺に所属する仏師であったと考えられます。

東大寺指図堂の釈迦如来坐像は、像底の墨書によると、嘉禄元年（1225年）に南山城の海住山寺において善円が制作し、翌年に栂尾（高山寺）で高弁（明恵）が導師となって供養されたものです。像内に納入されていた造像願文によると、願主は海住山寺十輪院に住まう律僧の覚澄で、母の菩提のために発願したものでした。善円の作品の多くが寄木造彩色であるのに対し、この像は木肌の美しさを生かした一木造素地仕上げで、像底から内刳を行い、願文や経巻などの納入品を収めています。

延応2年（1240年）には、東大寺慈恩院の僧である俊幸を願主として、薬師寺地蔵菩薩立像を制作しました。この像の納入品の願文に善円の年齢（44歳）が記載されていたことが、善円と善慶が同一人物であるという説を裏付ける決め手となりました。善慶は、建長元年（1249年）に西大寺の清凉寺式釈迦如来立像を制作した際、53歳であったことが台座銘から判明しており、逆算すると建久8年（1197年）生まれとなり、善円と同い年であることがわかります。

善円は宝治元年（1247年）に大和西大寺の愛染明王坐像を制作した後、建長元年（1249年）までの間に善慶と改名し、法橋位を得ました。改名の理由については不明ですが、「慶」の字を名乗ることで法橋位を得るためだと推測されています。善派仏師の作品は西大寺など叡尊に関係する寺院に多く残っており、彼らが叡尊に重用されたことがうかがえます。

善慶時代の活動

建長元年（1249年）に善慶と改名した後、西大寺本尊の清凉寺式釈迦如来立像を、叡尊の弟子たちの発願により、他の木仏師8人と共に制作しました。建長4年（1252年）には鎌倉極楽寺の釈迦如来坐像を制作したとされていますが、作風や忍性が極楽寺の開山となったのは善慶の没後であることから、この釈迦如来坐像は善慶の作ではないとする見方が有力で、息子の善春の作とも言われています。また、建長元年（1249年）に兵庫県南あわじ市の正福寺に安置された薬師如来坐像は、「信士上座善慶」という墨書銘があることから法橋善慶の作とされてきましたが、法橋善慶の作品と比較すると、目に鋭さがなく、耳の形が一致しない、額が広く頬が膨らんで輪郭が丸い、体躯や着衣の表現も善慶のシンプルな造形とは異なり、同名異人の作品だと判断されています。

建長7年（1255年）には、叡尊の発願で般若寺本尊の丈六騎獅文殊菩薩像を制作し始めましたが、本体の完成後に善慶が亡くなったため、獅子は善春が引き継いで完成させました。

善慶の作風は、初期から晩年まであまり変化せず、技巧的、工芸的であると評されます。特に耳の形はほとんど変わらず、善円と善慶が同一人物であるという説を補強しています。素地仕上げの東大寺釈迦如来像の衣文を見ると、鋭い鎬を立てず、太目で断面が丸みを帯びた襞を刻み出しています。

代表作

善円時代

十一面観音立像（奈良国立博物館）
地蔵菩薩立像（アメリカ・アジアソサエティ蔵）
文殊菩薩立像（東京国立博物館）
釈迦如来坐像（東大寺指図堂）
裸形地蔵菩薩立像（伝香寺）
地蔵菩薩立像（薬師寺）
愛染明王坐像（西大寺）

善慶時代

釈迦如来立像（西大寺）
地蔵菩薩立像（大和郡山市・西興寺）

参考文献

久野健「大仏師善円とその作品」『日本仏像彫刻史の研究』吉川弘文館、1984年
石井千紘「鎌倉時代前期の僧綱仏師について ─仏師善慶の僧綱補任を中心に─」『佛教藝術』339号、毎日新聞社、2015年
石井千紘「善円から法橋善慶への作風展開について」『パラゴーネ』第2号、青山学院大学比較芸術学会、2015年
倉田文作『仏像のみかた技法と表現』第一法規、1965年
東京国立博物館編集発行『東京国立博物館図版目録日本彫刻編』大塚巧芸社制作、1999年
奥健夫『日本の美術536 奈良の鎌倉時代彫刻』ぎょうせい、2010年
山本勉『日本の美術537 東国の鎌倉時代彫刻鎌倉とその周辺』ぎょうせい、2011年

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