変ハ長調

変ハ長調

変ハ長調（へんハちょうちょう、英: C-flat major）は、西洋音楽における長音階の一つで、主音として変ハ音（C♭）を持つ調性です。その調号は、楽譜上でフラット（♭）が7箇所（シ♭、ミ♭、ラ♭、レ♭、ソ♭、ド♭、ファ♭）に記されます。これは全ての音が半音低いことを示しており、例えばドの音はド♭、ファの音はファ♭となります。

音階と和音の構成

変ハ長調の音階は、主音である変ハ音から始まり、長音階特有の全音・全音・半音・全音・全音・全音・半音という音程関係で構成されます。具体的には、変ハ、変ニ、変ホ、変ヘ、変ト、変イ、変ロ、そして再び変ハへと進みます。この音階上には、曲の構造を支える様々な和音（コード）が構築されます。最も基本的なのは、自然長音階上に成り立つダイアトニックコードと呼ばれる和音群です。例えば、主音上には変ハ長三和音、属音上には変ト長三和音、下属音上には変ヘ長三和音などが生まれます。これらの和音は、曲の進行や響きに多様性をもたらします。楽譜上では、異名同音の関係にある他の調の和音記号で記される場合もあります。

特徴と使用状況

変ハ長調の最も顕著な特徴は、その極端な調号の多さにあります。フラットが7つに加え、曲によってはさらにダブルフラット（♭♭）などの臨時記号が頻繁に現れるため、楽譜を読むことが非常に難しくなります。この読譜の困難さから、実用的な観点からこの調が用いられることは稀です。

これに対し、同じ音高を持つ調であるロ長調（英: B major）は、調号がシャープ（♯）5つと少なく、楽譜が比較的容易に読めます。また、ロ長調は、その同主調（ロ短調）、下属調（ホ長調）、下属調平行調（嬰ハ短調）など、音楽的な関連性の高い他の調を全て持っています。しかし、変ハ長調にはこれらの関係調のほとんどが存在しないか、存在するとしてもさらに複雑な調号を持つため、転調などを伴う楽曲においてロ長調の方が圧倒的に利便性が高いのです。このような理由から、変ハ長調が用いられるべき場面でも、実際にはロ長調が代わりに使われることが一般的であり、変ハ長調は西洋音楽において滅多に耳にすることのない調となっています。ただし、同じく調号が7つの嬰ハ長調や変イ短調は、同主調が存在するなど、ある程度は使われるという点では変ハ長調とは異なります。

特定の楽器との関連

しかし、一部の楽器、特にコンサート用ハープにおいては、変ハ長調が特別な意味を持つことがあります。現代のコンサートハープは、各オクターブ内の7本の弦それぞれにペダル操作によってフラット、ナチュラル、シャープの状態を切り替える機構を持っています。このうち、ペダルを踏まない「開放弦」の状態がフラット音に対応するように調整されています。つまり、ハープの標準的なチューニングは、すべての弦がフラットの状態、すなわち変ハ長調の音階に相当する音で調律されているのです。この楽器の物理的な特性から、ハープのために書かれたロ長調の楽曲（例えば、ストラヴィンスキーの有名なバレエ音楽「火の鳥」の終曲フィナーレなど）は、ハープ奏者が演奏する際に、読譜やペダル操作の容易さから楽譜を変ハ長調に移調して演奏する慣習が見られます。

作曲家による用例

非常に珍しい調ではありますが、全く使用例がないわけではありません。ロシアの作曲家レインゴリト・グリエールのハープ協奏曲の第2楽章は、この変ハ長調で書かれている数少ない楽曲の一つとして知られています。また、フランツ・シューベルトは、特にピアノ曲においてこの調を好んで用いた形跡が見られます。ソナタなどの主調として使われることはありませんでしたが、楽曲の途中で一時的に変ハ長調へ転調する箇所がいくつか見受けられます。これらの例は、変ハ長調が音楽表現の一つの手段として、ごく稀にではあるものの、作曲家によって選ばれることがあったことを示しています。

結論として、変ハ長調は調号の多さから楽譜の扱いにくさが際立ち、実用的な面でより簡便なロ長調に道を譲ることがほとんどです。しかし、ハープの構造との関連や、特定の作曲家による限定的な使用例が存在しており、その稀少性ゆえに音楽史における興味深い一側面を形成しています。

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