大井篤

大井篤：太平洋戦争下の海上護衛と戦後における回想

大井篤(1902-1994)は、日本の海軍軍人として、太平洋戦争中の海上護衛戦において重要な役割を果たし、戦後はその経験を基にした著作で知られる人物です。山形県鶴岡市出身で、海軍兵学校を優秀な成績で卒業した後、アメリカに留学するなど、国際的な視野を持つ軍人としてキャリアを積みました。

海軍兵学校から海軍大学校へ

1920年、大井は海軍兵学校に入校し、1923年に卒業。その後、練習艦「浅間」での航海訓練を経て少尉に任官しました。1928年には海軍大学校専攻科に進み、東京外国語学校英語科で学んだ後、アメリカに留学。ヴァージニア大学とノースウェスタン大学で英語を学び、帰国後は海軍省軍令部や戦艦「日向」、「扶桑」で勤務しました。海軍大学校では、教官との議論や、当時の政治情勢に対する独自の意見を積極的に表明するなど、型破りな一面も見せていました。

日独伊三国同盟とイギリスへの認識

1937年、軍令部第1部でイギリスを担当した大井は、日独伊三国同盟締結に反対する立場を取りました。アメリカ留学での経験から、イギリスを敵に回すことの危険性を強く認識していたからです。この立場は、陸軍や外務省の官僚らとの意見交換や、上司との激しい議論を通して貫かれました。当時、親独的な雰囲気の軍令部において、大井のイギリスへの理解は異色の存在であり、その独自の見解は、当時の政治状況を知る上で重要な視点となっています。

太平洋戦争と海上護衛総司令部

太平洋戦争開戦後は、海軍省人事局で勤務し、予備士官の教育問題や兵員不足解消のために、徴兵適齢の低下、朝鮮人や台湾人の兵員募集などを提案しました。また、1943年には海上護衛総司令部参謀に就任し、海軍大佐に昇進。海上護衛戦における重要な作戦立案に関与しました。しかし、航路帯戦法には批判的で、輸送船の護衛に十分な兵力が欠如していることを指摘しています。さらに、戦艦大和の沖縄特攻作戦についても、水上部隊の伝統を優先する作戦に強い反発を示しました。

戦後と回想録

終戦後、GHQ歴史課嘱託として、連合国側による戦犯容疑者の尋問にも携わりました。公職追放を経て、高松宮宣仁親王日記の編纂委員を務めるなど、多方面で活動。1953年、自身の経験をまとめた『海上護衛戦』を出版しました。本書では、太平洋戦争における日本の敗戦を、シーレーン確保の失敗や通商破壊対策の軽視、情報戦における欠如といった観点から分析しています。一方で、アメリカ側の視点も踏まえ、日本の輸送船団の暗号通信がアメリカ潜水艦部隊の作戦成功に貢献した事実も紹介しています。これは、当時の日本の海軍の戦略や情報戦の能力について、多角的な視点から評価する必要があることを示唆しています。

大井篤の功績とその後

大井篤の経歴は、太平洋戦争期における日本の海軍の戦略、人事、そして情報戦のあり方を理解する上で、重要な手がかりを与えてくれます。彼の回想録は、単なる戦争体験記にとどまらず、戦争のあり方や、国際関係、情報戦の重要性などを深く考えるきっかけを与えてくれます。戦後も、NHKスペシャル『ドキュメント太平洋戦争』に協力するなど、歴史研究にも貢献し、1994年に92歳で亡くなりました。彼の著作は、現代においても、戦争と平和、そして国家戦略を考える上で、貴重な資料として読み継がれています。

主要著作

海上護衛戦
統帥乱れて 北部仏印進駐事件の回想
* 語りつぐ昭和史（2）終戦外交無条件降伏までの経緯

これらの著作は、太平洋戦争期の日本海軍の活動や、大井篤自身の戦争体験、戦後における反省などを、詳細に記述しており、歴史研究において重要な資料となっています。また、これらの著作は、現代においても、国際関係や国家戦略を考える上で重要な示唆を与え続けています。

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