大橋訥庵

大橋訥庵（おおはし とつあん）

大橋訥庵（1816年 - 1862年）は、江戸時代後期の儒学者、尊王論者であり、幕末の激動期に尊王攘夷運動を推し進めた人物です。号の「訥庵」は、親しみを込めた「とっつあん（父っつあん）」という言葉に漢字を当てたものとされています。

生涯

生い立ちと儒学との出会い

文化13年（1816年）、長沼流兵学者の清水赤城の四男として生まれました。母方の親族である信濃飯山藩士・酒井力蔵の養子となりますが、後に離縁。天保6年（1835年）に儒学者・佐藤一斎に師事し、儒学の道を歩み始めます。天保12年（1841年）、江戸日本橋の豪商・佐野屋大橋淡雅の娘・巻子と結婚し、大橋姓を名乗るようになりました。同年、日本橋に思誠塾を開き、儒学を指導。その指導は評判を呼び、嘉永3年（1850年）には下野宇都宮藩主・戸田忠温に招かれ、月1回江戸藩邸で儒学を教授しました。

攘夷論への傾倒

嘉永6年（1853年）の黒船来航を機に、訥庵の尊王攘夷論は過激化していきます。幕府に対して外夷を打ち払うよう建言し、その主張は全国的な注目を集めました。徳川斉昭に攘夷の実行を迫る意見書「隣疝臆議」を送ったのもこの頃です。安政3年（1856年）、思誠塾を小梅村（現在の東京都墨田区向島）に移転。これは前年の安政の大地震で塾が倒壊したためでした。安政4年（1857年）には『闢邪小言』を刊行し、朱子学の立場から西洋文明を厳しく批判し、多くの人々の共感を呼びました。

安政5年（1858年）の安政の大獄で処刑された儒学者・頼三樹三郎の遺体が打ち捨てられているのを見かね、門弟とともに小塚原刑場へ赴き、遺体を棺に納めて埋葬するという行動も起こしています。

安藤老中への憎悪と討幕計画

安政7年（1860年）に井伊直弼が桜田門外の変で暗殺された後、老中・安藤信正が幕府の実権を握ると、公武合体政策を推進。孝明天皇の妹・和宮と14代将軍・徳川家茂との婚姻を画策しました。これに対し、訥庵は強硬に反対し、討幕を企てるようになります。文久元年（1861年）には、門弟の椋木八太郎が、訥庵が作成した公武合体を否定し攘夷の勅命を出すことを朝廷に要請する「政権恢復秘策」を上奏するために京へ向かいました。

また、宇都宮の児島強介を水戸へ派遣し、外国人を襲撃して幕府を混乱させようと企てましたが、水戸藩の激派からは老中・安藤信正暗殺の提案を受けました。訥庵は老中暗殺は時期尚早と考え、朝廷からの回答を待つことにしましたが、秘策は採用されず、和宮降嫁が決定しました。

プロシアとの条約交渉を行っていた堀利煕が謎の自刃を遂げると、堀が安藤を諫める内容の偽書を捏造し、尊攘派の間で回覧させ、世論を誘導しようとしました。

挙兵計画と坂下門外の変

輪王寺宮（有栖川宮慈性入道親王）を擁立して攘夷の兵を挙げる計画も立てましたが、人数が集まらず中止。その後、老中暗殺計画を立て、決行日を二度延期した後、計画が幕府に漏洩。文久2年（1862年）1月12日に逮捕され、思誠塾も捜索を受けました。

1月15日、同志6名が江戸城坂下門外で安藤信正を襲撃するも、殺害には至らず、全員が斬殺されました（坂下門外の変）。

最期

坂下門外の変後、関係者が次々と逮捕され、劣悪な獄舎で命を落とす者もいました。間瀬和三郎らの赦免運動により、同年7月8日に出獄し宇都宮藩邸に預けられますが、7月12日に死去。享年47歳。死因は毒殺とも言われています。谷中天王寺の大橋家墓地に葬られました。明治24年（1891年）、従四位を追贈されています。

思想と影響

大橋訥庵は、朱子学を基盤とした厳格な攘夷論を唱え、幕末の尊王攘夷運動に大きな影響を与えました。過激な行動は批判も浴びましたが、その思想は多くの志士に共感され、明治維新の原動力の一つとなりました。

著作

『隣疝臆議』
『元寇紀略』
* 『闢邪小言』

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