大般涅槃経

大般涅槃経（だいはつねはんぎょう）

『大般涅槃経』は、釈迦の入滅（大般涅槃）を主題とし、その意義を様々な角度から説いた経典群の総称です。パーリ語経典から漢訳経典、そして大乗経典まで、多様な形態が存在します。本記事では、この『涅槃経』について、その概要、成立、教理、歴史的意義などを詳しく解説します。

概要

『涅槃経』は、釈迦の晩年から入滅、そして入滅後の舎利の分配といった出来事を詳細に記述しています。初期の経典としては、上座部仏教のパーリ語経典である『大般涅槃経』（長部第16経）や、漢訳の『長阿含経』、『仏般泥洹経』、『般泥洹経』、『大般涅槃経』などが挙げられます。

これらの初期経典を基盤として、大乗仏教の思想が展開されたのが、大乗仏教中期の『大般涅槃経』です。大乗の『涅槃経』は、初期の『涅槃経』とあらすじは共通していますが、「一切衆生悉有仏性」を説くなど、その趣旨は大きく異なります。涅槃経を根本経典とする涅槃宗が中国で興りましたが、日本には直接伝来しませんでした。

成立と訳本

大乗の『涅槃経』は、4世紀頃に瑜伽行唯識派が関与して編纂されたと考えられています。原典は失われており、様々な訳本が現存しています。

代表的な訳本としては、以下のものがあります。

『大般泥洹経』（6巻）：法顕と仏陀跋陀羅による翻訳
『大般涅槃経』（40巻）：曇無讖による翻訳（北本）
『大般涅槃経』（36巻）：慧厳・慧観・謝霊運による校合訂正（南本）

これらの訳本の中でも、北本が仏教界で広く引用されています。しかし、内容が最も整っているとされるのは、北本と法顕本を統合訂正した南本であり、近年では南本を引用する例も増えています。

基本的教理

大乗涅槃経の教理は、以下の四つの柱によって要約されます。

1. 如来常住（にょらいじょうじゅう）: 如来は常に存在し、不滅であるという思想
2. 一切衆生悉有仏性（いっさいしゅじょうしつうぶっしょう）: すべての生きとし生けるもの（衆生）は仏となる可能性（仏性）を持っているという思想
3. 常楽我浄（じょうらくがじょう）: 如来の持つ四つの徳性。永遠（常）、安楽（楽）、主体性（我）、清浄（浄）
4. 一闡提成仏（いっせんだいじょうぶつ）: 仏の教えを信じない者（一闡提）であっても、仏になることができるという思想

これらの教理は、釈迦の入滅という出来事を通して、如来の法身の不滅性や、すべての衆生が救われる可能性を強調しています。また、『法華経』の一乗思想を受け継ぎ、如来蔵思想を発展させたものとして位置づけられます。

歴史的地位

『涅槃経』は、中国南北朝時代に涅槃宗という学派を形成するほど、仏教界に大きな影響を与えました。鳩摩羅什の弟子たちは、師の訳した『法華経』よりも『涅槃経』を重要視したとされています。

また、天台宗の智顗は、『涅槃経』を『法華経』を援護する経文と位置づけ、両経典が一乗平等思想を説くものとして捉えました。日蓮も、『涅槃経』を自らの教義の裏付けとして頻繁に引用しています。

『法華経』との関係

『涅槃経』は、特に『法華経』と密接な関係にあり、大乗仏教の思想発展や経典成立の過程を見る上で重要です。

如来常住の思想は、『金光明経』や『法華経』にも見られますが、『涅槃経』ではより詳細に述べられています。また、一乗思想についても、『法華経』を受け継ぎつつ、弁証法的、発展的な理論展開がなされています。

末法思想との関係

『涅槃経』は、末法思想についても言及しています。一般的に、仏教は末法を肯定的に捉える傾向がありますが、『涅槃経』では末法を簡潔に否定しています。

『涅槃経』では、経典の隠没を仏教の衰退と捉え、仏性や三宝の常住性を強調することで、末法を方便説として否定しています。

『涅槃経』にちなむ説話・成語

『涅槃経』には、雪山童子の説話や醍醐のたとえなど、有名な説話や成語が数多く含まれています。

雪山童子の説話: 釈迦の前世の物語であり、法隆寺の玉虫厨子にも描かれています。自己犠牲の精神を象徴する説話として知られています。
醍醐のたとえ: 仏教の教えの段階的な深まりを、牛乳から醍醐が生成される過程に例えたものです。転じて、最も優れたもの、最高の味わいを意味する言葉として用いられます。
油断大敵: 注意を怠ることの危険性を説いた言葉です。

これらの説話や成語は、『涅槃経』の教えを理解しやすくするための手段として用いられています。

まとめ

『大般涅槃経』は、釈迦の入滅を主題とし、大乗仏教の重要な教義を展開した経典群です。成立、教理、歴史的意義、法華経との関係など、多角的な視点からその内容を理解することで、大乗仏教の思想をより深く理解することができます。

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