大賀弥四郎

大岡弥四郎：家康と信康に仕えた家臣の悲劇

戦国時代から安土桃山時代にかけて生きた大岡弥四郎は、徳川家康の嫡男・松平信康に仕えた家臣でした。しかし、武田勝頼と通じて謀反を企てたとして処刑され、その生涯は数々の謎と複雑な史実で彩られています。

出自と経歴：史料による食い違い

弥四郎の出自については、史料によって異なった記述が見られます。例えば、『三河物語』などの史料では「大賀弥四郎」と記されていますが、『岡崎東泉記』や『伝馬町旧記録』といった岡崎地方の史料では「大岡弥四郎」と記されています。

大賀氏も松平氏の家臣として存在は確認できますが、大岡氏も同様に信康に仕えた人物を輩出しており、現在の有力な説では、弥四郎は「大岡弥四郎」であり、後世の誤記や作為によって「大賀弥四郎」と伝えられたと考えられています。

『三河物語』では弥四郎を譜代の「御中間」と記述していますが、大岡氏を出自とするならば、これは下賤の出身ではなかったことを意味します。この記述の違いは、後世における出自の低評価による操作の可能性を示唆しています。

『岡崎領主古記』によると、弥四郎は松平新右衛門、江戸直定と共に岡崎城主・信康の下で町奉行を務めていました。それ以前の経歴については、『岡崎東泉記』に、家康の馬丁を務めていた頃の逸話が記されています。矢作川の氾濫時、弥四郎は真っ先に瀬踏みを行い、その功績から200石取りとなり、その後、渥美郡の代官に任じられました。また、中根正照の娘を妻に迎えました。

『徳川実紀』は、弥四郎が民政や算術に長けていたため抜擢を受け、浜松城と岡崎城を往来して家康と信康双方に仕えていたと記しています。家康が鷹狩りに熱中した際にも、弥四郎のみが家康に扈従したという逸話も伝わっています。

武田勝頼との内通と謀反

天正3年（1575年）、弥四郎は松平新右衛門らと共に、武田勝頼と内通して武田軍を岡崎へ誘引し、信康を殺害、家康を滅ぼす計画を企てました。しかし、この計画は事前に露見し、失敗に終わります。

『伝馬町旧記録』によると、天正2年（1574年）頃までに、弥四郎らは一揆契約を交わし、武田勝頼への内通を画策していたと記されています。信康の家老である石川春重、鳥居九兵衛の陪臣である小谷甚左衛門、倉地平左衛門らが加担していたとされます。

『三河物語』は、弥四郎が家康到来の偽りを用いて岡崎城を開門させ、武田軍が侵入し、信康を自害させる計画を描写しています。岡崎在留の諸士の妻子を人質に取ることによって、徳川家臣団を服属させ、混乱に乗じて家康を討つという策略です。

『岡崎東泉記』や『石川正西聞見集』は、岡崎の家臣団だけでなく、家康の正室・築山殿も関与していたと主張しています。築山殿は、甲斐国出身の口寄せ巫女を通じて武田勝頼に取り込まれ、信康室の徳姫を武田方に通じさせることで、築山殿を勝頼の妻、信康を勝頼の嫡男にするという神託を信じたと言われています。

山田重英は当初弥四郎に加担していましたが、後に翻意して謀反の事実を信康に通報しました。信康は当初信用しませんでしたが、重英の提案により密偵を送り、計画は露見することになります。『伝馬町旧記録』では、家康が事前にこの計画の風聞をつかんでおり、塩商人を通じて情報を集めていたと記されています。

『徳川実紀』には、家康・信康から寵愛を受けていた弥四郎が、近藤壱岐という家臣とトラブルを起こし、その際に武田勝頼との内通を示す書状が発見されたという記述もあります。

処刑と事件の影響

弥四郎と妻子は処刑され、石川春重、松平新右衛門は自害、小谷甚左衛門は討ち取られ、倉地平左衛門は逃亡しました。山田重英は功績を認められ、加増を受けました。

この事件は、家康による信康と築山殿の処分（松平信康自刃事件）へとつながる重要な出来事であり、徳川家中の動揺を抑えるため、小事件として処理された可能性も示唆されています。

長篠の戦いとの関連性も指摘されており、弥四郎らの内通によって武田軍が侵攻の機会を得たという説もあります。

大岡弥四郎を描いた作品

大岡弥四郎は、多くの時代劇作品で取り上げられています。代表的な作品には、『徳川家康』（1964年、テレビ朝日）、『徳川家康』（1983年、NHK大河ドラマ）、『戦国最後の勝利者!徳川家康』（1992年、テレビ朝日）、『織田信長』（1994年、テレビ東京）、『どうする家康』（2023年、NHK大河ドラマ）などがあります。これらの作品では、大賀弥四郎または大岡弥四郎として描かれています。

参考文献

柴裕之「長篠合戦再考」『戦国・織豊期大名徳川氏の領国支配』岩田書院〈戦国史研究叢書〉、2010年
黒田基樹『徳川家康の最新研究』朝日新聞出版〈朝日新書〉、2023年
新編岡崎市史編集委員会 編『新編 岡崎市史』 2巻《中世》、新編岡崎市史編さん委員会、1989年
黒板勝美 編『徳川實紀』 第1篇、吉川弘文館〈新訂増補 國史大系〉、2007年
* 黒田基樹『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』平凡社〈平凡社新書〉、2022年

もう一度検索