奴隷制度に対するキリスト教徒の見解

奴隷制度に対するキリスト教徒の見解

奴隷制度に対するキリスト教徒の見解は、歴史的に複雑で多岐にわたります。初期キリスト教が成立した古代ローマでは奴隷制度が一般的であり、教父や神学者によって様々な言及がなされてきました。聖書の一節は奴隷制度廃止論者と奴隷制度容認論者の両方から引用されることもありました。

聖書における奴隷

旧約聖書および新約聖書では、奴隷という言葉が労働者、預言者、神に対する態度の別名として使用されることがあります。新約聖書が書かれた1世紀の古代ローマにおいて奴隷制度廃止は現実的ではなく、所有者の権限を制限し、奴隷が神の被造物として対等な権利を持つよう働きかけることで、奴隷制に影響を与えようとしたと考えられています。聖書には奴隷制度廃止は明言されていませんが、根底にある教義（神のかたちに人を創造、キリストの犠牲、最後の審判）が、人間が他の人間を所有できないことを示唆すると主張する人もいます。

旧約聖書

キリスト教徒の奴隷制度廃止論は、旧約聖書の解釈にも影響を受けています。ニュッサのグレゴリオスは、コヘレトの言葉の解釈から、神のものであるものを私有財産とすることを人間の驕りとし、奴隷の所有を傲慢だと非難しました。紀元前2世紀、ユダヤ教エッセネ派は奴隷制度を不当と考え拒否したとの報告もあります。

旧約聖書には、ヘブライ人奴隷（または年季奉公人）の法的権利を定める聖句があります。奴隷が危害を加えられた場合、負傷した奴隷は代償として解放され、一定期間の奉公後には解放が定められています。奴隷とするために誘拐を行う者に対しては厳しい罰が与えられました。

新約聖書

ローマ帝国にとってキリスト教の存在は未知の脅威であり、パウロはキリスト教徒が善良な市民として、古代ローマの伝統的な社会規範、家庭内の秩序を支持することを証明する必要がありました。古代ローマでは奴隷制度は一般的であり、全人口の3分の1が奴隷だったと主張する学者もいます。パウロは人種、民族、宗教、地位、経済格差、ジェンダー等の分断について述べています。

パウロは古代ローマの伝統的社会規範に忠実であることを示そうとするために、古代ギリシャの哲学者等が家事における社会的序列を定めた指針を継承しました。しかし奉仕の背後にある心的動機、下位者に対する思いやりが、神のために行われるという独特の視点を付加しました。

パウロは奴隷所有者であるピレモンに対して、逃亡奴隷のオネシモを霊的な兄弟として迎え、解放するよう懇願しています。ピレモンへの手紙は、キリスト教徒が自らの力で変えることができない社会的現実の中で、最善を尽くし生きていかなければならないことを思い起こさせます。

新約聖書の句には奴隷制度廃止論者と奴隷制度推進論者の双方によって使われたものがあり、解釈を巡る論争がアメリカを南北戦争に追い込んだと考える学者もいます。

初代教会

初代教会の時代、キリストの再臨への期待から、奴隷制度に反対する立場を持つ神学者や教父がおり、奴隷制度が神のかたちを持つ万人の尊厳に反すると考えました。アンティオキアのイグナティオス、ポリュカルポスは奴隷制度に反対しており、一部のキリスト教徒は洗礼時に奴隷の解放を行っています。

教父時代

アウグスティヌスは、奴隷制度は神の意志に反しており、原罪に起因したものであると説明しました。ニュッサのグレゴリオスは奴隷制そのものを否定し、奴隷制の基本的不当性を論証した最古の人物として知られています。聖パトリックは改宗したキリスト教徒を奴隷とした国王を破門し、アイルランドでは奴隷制度が廃止されました。

ローマ皇帝ユスティアヌスの治世において、司教や公職者による奴隷の無償解放が法制化されました。エルサレムのペラギアは奴隷解放によって称賛され、聖エリギウスは奴隷解放のために私財を投じています。

現代的な人権概念（普遍主義、自由、尊厳）に到達するには長い準備段階が必要であり、キリスト教化されたローマの教父時代に、奴隷制度が初めて摩擦を起こしました。キリスト教神学者と奴隷制度の間に起きた衝突が基本的な道徳的価値観を育て、知的資源としてカント等の啓蒙主義者によって活用されたと考えられています。

中世から近世

中世ヨーロッパでは大部分のキリスト教化によって奴隷制度は事実上廃止されました。9世紀のアンスガルはバイキングによる奴隷貿易に反対し、10世紀のベネチア共和国の司教も奴隷貿易の廃止に取り組みました。13世紀以降、アリストテレスの自然奴隷論がトマス・アクィナスによってキリスト教神学に導入されました。

15世紀後期から16世紀前期まで奴隷制が教皇によって認められる期間が続きましたが、1537年、パウルス3世はスブリミス・デウスを公布し、アレクサンデル6世のインテル・カエテラの効果を無効としました。

アメリカ大陸の奴隷制

イエズス会はアメリカ先住民を奴隷制度から守るために「レダクシオネス」をパラグアイで設立しました。ローマ・カトリック教会では、18世紀から19世紀にかけて奴隷制度への非難が繰り返されました。

米国

17世紀初頭、アメリカでの奴隷制は年季奉公に限られていましたが、1680年代頃から人種的偏見に動機づけられた社会制度へ変容していきました。クエーカーは1688年から奴隷廃止運動を行っており、奴隷制度廃止運動には多くのキリスト教関係者が参加しました。ウィリアム・ウィルバーフォース、チャールズ・スポルジョン、ジョン・ウェスレー等の福音主義者が奴隷廃止論者として知られています。

奴隷制度を巡ってバプテスト教会とメソジスト教会は分裂し、南北戦争まで対立が続きました。

日本

16世紀、ポルトガル商人が日本から奴隷を売買したことがイエズス会による抗議へと繋がり、1571年のセバスティアン1世による日本人奴隷貿易禁止の勅許につながりました。宣教師らは年季奉公人（または期間奴隷）の洗礼も行うことがあり、洗礼は社会的包摂の一形態として、保護を受ける手段となりました。

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