宇野経済学

宇野経済学とは

宇野経済学は、マルクス経済学の一つの流れであり、経済学者である宇野弘蔵が1930年代に提唱した理論体系です。宇野は、当時のマルクス経済学における講座派と労農派の対立を乗り越えることを目指し、独自の理論を構築しました。宇野経済学は、宇野派、宇野学派、宇野シューレとも呼ばれています。

三段階論

宇野経済学の大きな特徴の一つが、経済学の研究を「原理論」「段階論」「現状分析」という三つの段階に分ける考え方です。

原理論: 資本主義経済の法則を純粋な形で解明する段階です。ここでは、現実の複雑さを捨象し、資本主義の本質的な構造を明らかにします。マルクスの『資本論』は、この原理論に位置づけられます。
段階論: 資本主義経済の歴史的な発展段階を把握する段階です。具体的には、資本主義が自由主義段階から帝国主義段階へと移行した過程などを分析します。レーニンの『帝国主義論』は、この段階論に属する著作とされます。
現状分析: 原理論や段階論の研究成果を前提として、現実の資本主義経済を分析する段階です。ここでは、現実の経済現象を、理論的な枠組みを用いて解釈します。

この三段階論により、資本主義経済が歴史的に変化しても、マルクスの『資本論』が原理論として有効性を失わないことが示されました。

社会科学としてのマルクス経済学

宇野は、マルクス経済学を社会科学として確立することを目指しました。そのため、社会主義イデオロギーを理論から排除し、資本主義経済の法則を客観的に解明することに重点を置きました。宇野は、原理論が資本主義経済の法則を解明するものであり、社会主義への移行の必然性を論証するものではないと考えました。

この見解は、マルクス経済学と社会主義イデオロギーを不可分とみなす主流派のマルクス主義者から強い反発を受けました。宇野は、主流派の経済学者を「マルクス主義経済学者」と呼び、自身と区別しました。

段階論に属する『経済政策論』においても、宇野は歴史的に典型的な経済政策を記述することに重点を置き、望ましい経済政策を提示することを目指す一般的な経済政策論とは異なる立場を取りました。

「方法の模写」説

宇野は、古典派経済学が資本主義経済とともに発展し、19世紀に完成した過程を「方法の模写」と捉えました。すなわち、経済学の対象である資本主義経済が純粋な形へと歴史的に発展したため、経済学は対象を模写する方法を対象自身から受け取ることができたと考えたのです。

この考え方により、原理論の対象である純粋資本主義は、マックス・ウェーバーの理念型とは本質的に異なるものとして位置づけられることになりました。

価値論の刷新

宇野は、マルクスの労働価値論の展開方法を批判的に検討しました。マルクスは、『資本論』冒頭で商品から使用価値を捨象した場合に残る労働のみが価値の実体であると主張しましたが、宇野は、労働価値論が資本主義社会において初めて全面的に確立されると考えました。

そのため、宇野の『経済原論』では、マルクスのように単なる交換関係から直接労働価値論を説くのではなく、まず価値実体論を前提とせずに商品、貨幣、資本を論じ、その後「生産論」で初めて労働価値論の論証を行うという構成をとりました。そして、労働価値論の根拠を、労働者が賃金によって生活資料を買い戻さざるを得ない状況に求めました。

宇野学派の形成

宇野の理論は、マルクス経済学から社会主義イデオロギーを排除しようとする姿勢や、『資本論』の難点を指摘して理論の再構築を目指す姿勢から、多くのマルクス主義者やマルクス経済学者から反発を受けました。久留間鮫造や梅本克己らの批判が代表的です。しかし、宇野の理論は、東京大学を中心に多くの継承者を生み、宇野学派と呼ばれるグループが形成されました。

宇野学派の代表的な研究者として、岩田弘、大内秀明、大内力、大島清、桜井毅、鈴木鴻一郎、橋本寿朗、降旗節雄、山口重克らが挙げられます。宇野と継承者の共同作業による研究として『資本論研究』（筑摩書房）などがあります。

また、宇野の「方法の模写」説では、原理論の対象は資本主義経済の純粋化傾向に即して設定されるとされますが、原理論の対象を国民経済として外国貿易を捨象することはできないと批判した宇野学派の一部は、世界[[資本主義論]]を提唱し、原理論は世界資本主義の発展を内的に模写するべきだと主張しました。

参考文献

宇野弘蔵 『資本論の経済学』(岩波新書 1969年)
宇野弘蔵 『経済原論』（岩波書店 1950-52年）
宇野弘蔵 『経済政策論 改訂版』（弘文堂 1954年）
宇野弘蔵 『価値論』（河出書房 1947年）
宇野弘蔵 『恐慌論』（岩波書店 1953年） のち岩波文庫2010年 ISBN 978-4-00-341511-5
岩田弘『世界資本主義』（未來社 1964年）
桜井毅『生産価格の理論』（東京大学出版会 1968年）
大内力『国家独占資本主義』（東京大学出版会 1970年）こぶし書房より2007年に新たに序文を附した決定版が刊行
降旗節雄『帝国主義論の史的展開』（現代評論社 1972年）
橋本寿朗『大恐慌期の日本資本主義』（東京大学出版会1984年）
山口重克『経済原論講義』（岩波書店 1985年）
伊藤誠『資本主義経済の理論』（岩波書店 1989年）
侘美光彦『世界大恐慌―1929年恐慌の過程と原因』（御茶の水書房 1994年）
ロバート・アルブリトン『資本主義発展の段階論―欧米における宇野理論の一展開』（社会評論社 1995年/原書1991年）
SGCIME編「マルクス経済学の現代的課題」シリーズ（御茶の水書房 2003年-）
青木孝平『コミュニタリアン・マルクス-資本主義批判の方向転換』（社会評論社 2008年）
小幡道昭『マルクス経済学方法論批判: 変容論的アプローチ』（御茶の水書房2012年）
菅原陽心『経済原論』（御茶の水書房2012年）
江原慶『資本主義的市場と恐慌の理論』（日本経済評論社2018年）

もう一度検索