安都雄足

安都雄足：謎多き奈良時代の実務官人

安都雄足（あとのおたり）は、奈良時代の官人で、正八位上、造東大寺司という地位にありました。史書である『続日本紀』や『日本書紀』にはその名が登場しないため、生没年や詳細な経歴は分かっていませんが、『正倉院文書』や『東南院文書』といった一次史料に頻繁に記録されており、古代史研究において重要な人物として注目されています。

三つの時期に分かれる生涯

彼の生涯は、主に三つの時期に分けられます。

第一期：東大寺造営への関与（天平19年6月～天平勝宝6年3月）

この期間、雄足は造東大寺司で事務官として働いていました。残された文書からは、良弁の指示に基づき仏像の制作に関わったり、大仏殿建設のための資材調達を管理していた様子がうかがえます。当時、少初位下という位階にあったと推測されます。

第二期：越前国での荘園経営（天平勝宝6年閏10月～天平宝字2年正月）

この期間、雄足は越前国史生として、東大寺の荘園である桑原荘（現在の福井県あわら市）の管理を行いました。注目すべきは、東大寺の荘園を寺僧ではなく、国史生が経営していた点です。造東大寺司からの命令書が残されていることから、雄足がその任に就いていたことが分かります。この事実は、古代の荘園経営の研究において重要な意味を持ちます。この期間の位階は不明です。

第三期：多忙な平城京での勤務と転落（天平宝字2年6月～天平宝字8年正月）

天平宝字2年正月から6月の間に平城京に戻った雄足は、その後数年間、複数の職務を兼務する多忙な日々を送りました。正八位上という最高位に昇進し、造東大寺司主典に任じられました。特に、造東大寺司の複数の部署（写経所、東塔所、造物所、造石山寺所、法華寺造金堂所など）の別当を兼務していたことが分かっています。これらの別当を全て同時には務めていなかったと思われますが、最多時で4つの別当を兼務していた可能性も示唆されています。遠隔地の官司の別当を兼務していた事実から、彼の高い実務能力と活動範囲の広さが窺えます。この期間は『正倉院文書』に彼の名前が最も多く登場します。しかし、天平宝字8年正月を最後に史料から姿を消します。この時期は藤原仲麻呂の乱直前で、仲麻呂の失脚とともに、雄足も職を失ったという見方が一般的です。以降の消息は不明です。

三つの視点から見る歴史的評価

雄足の評価は、主に藤原仲麻呂との関係、私経済活動、職務内容という三つの視点から検討されます。

藤原仲麻呂との関係

雄足は、藤原仲麻呂派であったと推測する見方があります。その根拠は、仲麻呂の権力上昇と雄足の昇進が相関関係にあること、仲麻呂への物品献上の記録が残されていること、仲麻呂の失脚と雄足の史料からの消失が同時であることなどです。しかし、道鏡から直接指示を受けていたことや、仲麻呂失脚後も一時的に職務を継続していたことなどから、この見解には異論もあります。単に仲麻呂が雄足の能力を利用していただけ、という可能性も指摘されています。

雄足の「私経済」

雄足の史料には、職務とは関係のない私的な経済活動の記録が多く見られます。写経所の米を運用して利益を得たり、私有地を経営したり、東大寺の田を転貸して利益を得ていたことが判明しています。これらの活動は「私経済」と呼ばれていますが、その評価には様々な意見があります。律令制下でのイレギュラーな経済活動であったことは注目に値します。

雄足の「職務」

特に第三期における雄足の職務は、多くの史料が残されているため、研究が進んでいます。「別当」という職務を通して、複数の官司を効率的に管理していた様子が分かります。地理的に離れた官司の別当を兼務していたため、書状を通じて頻繁に指示を出していたことが史料から明らかになっています。これらの書状は、官司間の情報伝達や指示のやり取りを具体的に示す貴重な資料であり、日本古代史研究において非常に貴重なものです。人事に関しても、雄足は独自の権限を行使していたとみられています。

「有能」な官人像とその特異性

雄足は、多くの職務をこなし、私的な経済活動も積極的に行っていたことから、「有能な官人」と評価されることもあります。しかし、彼の活動が下級官人としてはどれほど特異なものだったのかについては、さらなる検討が必要です。彼の研究は、古代の下級官人の実態解明に大きく貢献する一方、彼の「特異性」をどのように評価するかは、古代官人の実態理解に大きく関わってきます。奈良時代後期の変動期は、実務官僚機構の成熟期でもあり、雄足はその象徴的な存在と言えるでしょう。

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