宝暦事件

宝暦事件：尊王論弾圧の真相と朝廷・幕府の権力闘争

宝暦事件は、江戸時代中期に発生した尊王論者弾圧事件であり、竹内式部一件とも呼ばれています。この事件は、単なる思想弾圧にとどまらず、朝廷内部の権力闘争、幕府の介入、そして公家社会の世代交代といった複雑な要素が絡み合って展開しました。

事件の背景：朝廷の危機と公家たちの不満

桜町天皇から桃園天皇の時代、朝廷の運営は摂関家が幕府から委ねられていましたが、一条家以外の各家で若年の当主が相次ぎ、摂関家の影響力が低下していました。一方、桜町天皇は外戚の影響力を抑えるため、儲君の「実母」を正配とする方針を打ち出し、摂関家との関係を強化しようとしていました。しかし、政務に関与できない若い公家たちの間では、幕府の専制と摂関家による朝廷支配に対する不満が高まっていました。

竹内式部の登場と大義名分論

こうした状況下で、徳大寺家の家臣である竹内敬持（竹内式部）が登場し、山崎闇斎の学説（垂加神道）に基づいた大義名分論を、桃園天皇の近習である徳大寺公城をはじめとする公家たちに講義しました。式部は、幕府の専制と摂関家による朝廷支配を批判し、天皇中心の政治を主張しました。これに共鳴した公家たちは、侍講である伏原宣条を説き伏せて、桃園天皇に式部の学説を進講させました。

倒幕計画の発覚と一条道香の告訴

一部の公家の中には、諸藩の藩士を糾合し、徳川家重から将軍職を取り上げて日光へ追放する倒幕計画を構想する者まで現れました。しかし、武家伝奏の柳原光綱が竹内式部と天皇近習たちの動きに不審を抱き、時の関白・一条道香に京都所司代への相談を提案しました。一条道香は、垂加神道を嫌悪しており、特に仏教排斥を公然と唱える竹内説を過激派・異端派とみなしていました。一条道香は京都所司代にこの問題を相談し、事態が発覚しました。

幕府の介入と公家たちの処分

一条道香の告訴を受けた幕府は、竹内式部を拘束し、式部の門弟である公家たちを処分しました。桃園天皇の近習7名（徳大寺・正親町三条・烏丸・坊城・中院・西洞院・高野）は追放され、関係した公卿は罷免・永蟄居・謹慎に処されました。式部は重追放となり、その後も関係者の落飾が命じられました。

桃園天皇と摂関家の対立

この事件で幼少の頃からの側近を失った桃園天皇は、一条ら摂関家の振る舞いに反発を抱き、天皇と摂関家の対立が激化しました。また摂関家内部でも、一条道香と近衛内前の確執が深まりました。一条は、桃園天皇の神書講義が近衛との密約の上で再開されて事態を長期化させたことに不満を抱き、一方の近衛は、一条の執政期の綱紀の緩みが事件の根幹にあると見ていました。

事件の影響：公家社会の変質と幕末への波及

宝暦事件後、天皇の近習など近侍する役職から竹内式部の門弟だけでなく一条家の家礼が排斥され、近衛家の家礼が占めるようになりました。また、近習を務めていた若手公家が多数処分されたことで、世代交代が上手く行かなかった影響で近習番衆の年齢低下と質的劣化を招きました。

宝暦事件は、単なる思想弾圧事件にとどまらず、朝廷内部の権力闘争、幕府の介入、そして公家社会の世代交代といった複雑な要素が絡み合った事件でした。この事件は、後の尊号一件や幕末の政局にも影響を与え、日本の歴史に大きな足跡を残しました。

明治時代に入り、徳大寺公城らは名誉回復を受け、各々の生前の最終官位から一つ上格の官位を追贈されました。

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