実録

実録：君主の生涯を刻む歴史書

「実録」は、歴史研究において極めて重要な史料です。広義には単なる事実の記録を指しますが、狭義では、漢字文化圏における皇帝や王の公式な一代記を意味します。本稿では、狭義の実録、特に東アジアにおけるその編纂と歴史的意義について詳述します。

中国の実録：制度化された皇帝の記録

中国では、史官が皇帝の言行を記録する「起居注」の制度が古くから存在しました。この起居注を基に、皇帝の崩御後に編纂されたのが実録です。南北朝時代にその起源が見られ、唐代には制度が確立。同君複数実録の存在も示す史料も確認できます。例えば、唐の高祖や太宗に関しては複数の実録が存在することが知られています。これらの実録は、その後編纂される王朝正史の重要な基礎資料となりました。現存する実録としては、唐の『順宗実録』や北宋の『太宗実録』、明の『明実録』、清の『清実録』などが挙げられます。明・清の実録は影印出版されており、現代でも容易に閲覧可能です。

朝鮮の実録：独自の編纂体系と戦乱の影

朝鮮では、高麗時代から実録の編纂が始まりました。高麗の実録は、中国とは異なる独自の五大編制という体系を用いて編纂されていました。しかし、文禄の役において、高麗時代の全実録が焼失するという悲劇に見舞われました。李氏朝鮮時代には『朝鮮王朝実録』が編纂され、太祖から哲宗までの記録が1984巻に渡って残されています。現在、ソウル大学が保管・研究を行っています。日韓併合後に編纂された高宗・純宗の実録は、当時の日本に批判的な記述が欠落しているなど、正統な実録とみなされないケースが多く、韓国の指定国宝や世界の記憶からも除外されています。

日本の実録：正史における位置づけと近現代の実録

日本では、『日本文徳天皇実録』や『日本三代実録』など、正史に「実録」の名を冠した書物が存在します。しかし、中国の実録と比較すると、その様式や編纂理念には相違点が見られます。『続日本後紀』は仁[[明天皇]]一代記に近い体裁を持っており、一方で『日本三代実録』では複数の天皇が扱われています。坂本太郎は、『続日本後紀』が事実上の一代記となった後、便宜的に「実録」を冠したと指摘しています。江戸時代には『徳川実紀』が編纂され、中国や朝鮮の実録を参考に編纂されていると推察されます。明治以降は宮内省（現宮内庁）が歴代天皇の実録を編纂し続けています。近年では、『大正天皇実録』や『昭和天皇実録』の公開が話題となりました。情報公開や国民の知る権利といった現代社会の要請が、これらの実録の公開を促進させたと言えるでしょう。

ベトナムの実録：阮朝の記録

ベトナムの阮朝では、『大南寔録』が編纂されました。これは16世紀から20世紀初頭までの広大な時代をカバーしています。興味深いのは、明命帝の皇后の諱を避けるため「寔」という字を用いている点です。

まとめ：実録を通して見る歴史

実録は、単なる歴史的事実の記録にとどまりません。君主の言動、政治状況、社会情勢など、多角的な視点から歴史を理解するための貴重な資料です。また、その編纂過程や公開状況は、政治体制や情報公開の在り方、歴史認識の変化などを反映しています。東アジア各国の歴史を理解する上で、実録は欠かせない存在なのです。今後の研究によって、さらに多くの実録が解明され、歴史への理解が深まることが期待されます。

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