寵臣

寵臣とは

寵臣（ちょうしん）とは、国家の統治者など政治的に重要な人物と親密な関係にある側近のことです。英語では「favourite」、フランス語では「favori」などと訳されます。

歴史における寵臣

中世から近世のヨーロッパにおいて、寵臣は君主から絶大な政治権力を委ねられる存在でした。特に16世紀から17世紀にかけて、国家統治が複雑化するにつれて、君主が政治の実務を寵臣に任せる傾向が強まりました。1600年から1660年の間には、多くのヨーロッパ諸国で、寵臣から大臣に上り詰めた人物が権力を掌握する現象が顕著に見られました。この現象は、特にスペイン、イングランド、フランス、スウェーデンで顕著でした。

また、「寵臣」という言葉は、君主の「寵姫」、「友人」、「侍臣」、あるいは同性の「恋人」を指す場合もありました。一部の寵臣は、君主やその配偶者と性的関係を結んでいたことも事実です。しかし、君主が寵臣に抱く感情は、信頼から愛情、依存、性的欲求まで非常に幅広く、一概には定義できません。

「寵臣」という言葉は、しばしば否定的な意味合いで用いられます。オックスフォード[[英語辞典]]では「君主の寵愛を得て不当に高い地位にのぼった者」と定義されており、シェイクスピアも「君主の威光を笠に着てふんぞり返る寵臣ども」と表現しています。

寵臣の出世と失脚

寵臣は、他の貴族から嫉妬や憎悪の対象となることが多く、君主もまた、貴族からの圧力によって寵臣を追放したり処刑したりすることがありました。中世には、貴族が寵臣の捕縛や殺害を目的とした反乱を起こすこともありました。君主と寵臣の親密すぎる関係は、身分秩序への違反と見なされることもありました。また、寵臣は大胆で「思いあがった」性格の人物が多く、その軽率な行動が破滅を招くことも少なくありませんでした。

時代が下ると、ジェントリやブルジョワジーといった新興階層も寵臣への敵意を募らせました。特に、出自が卑しいか、下層階級出身で、君主の寵愛だけで出世した寵臣は、社会全体から憎悪されました。寵臣は称号や領地を与えられることが多かったものの、人々は彼らを「一夜にして生えたキノコ」と揶揄しました。クリストファー・マーロウの戯曲『エドワード二世』では、王の寵臣ピアーズ・ギャヴィストンが「夜に育つキノコ」と表現されています。

寵臣の失脚は突然起こることが多かったですが、1650年頃からは、失脚後に処刑されるのではなく、静かに引退生活を送るケースが増えてきました。レスター伯ロバート・ダドリー、レルマ公フランシスコ・デ・サンドバル・イ・ロハス、オリバーレス伯公爵ガスパール・デ・グスマン、アクセル・オクセンシェルナのような高位貴族出身の寵臣は、人々に憎悪されることが少なく、権力を長く維持できました。

寵臣として成功した大臣は、多くの場合、自身の寵臣や親族のネットワークを利用して統治業務を遂行しました。リシュリューは「クレアチュール（créatures）」、オリバーレス伯は「エチュラ（hechuras）」と呼ばれる集団を抱えていました。オクセンシェルナとウィリアム・セシルは執務中に亡くなりましたが、どちらも自分の息子に権力を継承させることに成功しました。

寵臣と行政官

君主の寵愛を受けるという点で、寵臣と国王政府に仕える優秀な行政官の区別が難しい場合があります。しかし、寵臣は政治・行政機関で業務を統括するというよりも、宮廷で君主と最も緊密な関係にある人物を指す言葉です。セシルやジャン＝バティスト・コルベールは、君主との個人的な関係を利用して出世しましたが、貴族の第一人者のように振る舞うことは避けたため、寵臣としては成功したと言えるでしょう。

エリザベス1世は、セシルを重用し、40年間そばに置き続けました。一方で、彼女は他の廷臣ともロマンチックな関係を築き、特にレスター伯との関係は愛情深く長続きしました。エリザベスの晩年には、セシルと息子のロバート・セシルの権力が、新しい寵臣であるエセックス伯によって脅かされましたが、最終的にはロバート・セシルがエセックス伯を排除しました。

トマス・ウルジー枢機卿は、聖職者でありながら行政の頂点に立ちましたが、その派手な生活ぶりが反感を買い、破滅しました。中世においては、王の寵臣は聖界から供給されるのが常でした。イングランドでは、ドゥンスタン、トマス・ベケット、ウィリアム・ウェインフリートなどがその例です。

寵臣の多様な出自

寵臣の中には、非常に素性の卑しい者もいました。イングランド王ジェームズ1世の寵臣アーチボルド・アームストロングは道化師でしたが、その出自と辛辣な物言いが人々の反感を買いました。スコットランド人のロバート・コクランは石工でしたが、貴族の反乱によって他の寵臣と共に処刑されました。

フランス王ルイ11世の理髪師オリヴィエ・ル・ダンは、爵位や軍司令官の地位を与えられましたが、主君の死後、貴族によって処刑されました。このル・ダンの出現が、フランス語で寵臣を意味する「ファヴォリ（favori）」という言葉を生むきっかけになったと言われています。

下層の召使から寵臣へと立身出世することは次第に困難になりました。ルイ14世の従者アレクサンドル・ボンタンの家族は、幸運にも階級の壁を越えることができましたが、ヴィクトリア女王が目をかけたジョン・ブラウンは、社会的な利益をほとんど得ることができませんでした。

寵臣の衰退

イングランドでは、議会が政治的重要性を増すにつれて、寵臣が掌握できる政治権力の範囲は縮小しました。バッキンガム公ジョージ・ヴィリアーズが暗殺された後、議会指導者だったトマス・ウェントワース（後にストラフォード伯爵）は国王と和解し、国王支持派に転じましたが、彼を寵臣と見なすことは難しいでしょう。

ストラフォード伯は、議会からの弾劾を受けて処刑されました。その後も寵臣上がりの大臣は登場しましたが、彼らは君主からの信頼だけでは不十分であることを自覚しており、その多くが国会議員の経験者でした。

フランスでは、寵臣を政治から締め出す動きが王権側から起こりました。ルイ14世は親政を開始し、それまでの寵臣政治と決別しました。絶対王政は、リシュリュー枢機卿によって導入されましたが、ルイ14世自身によって主導されることになりました。

スペイン・ハプスブルク家の王権は、フランスのような改革意欲や統治能力を持っていませんでしたが、オリバーレスの失脚後は、以前のように一人の権力者が統治権を握る状況は徐々に弱まりました。

文学における寵臣

寵臣は、多くの同時代人の議論の的となりました。寵臣を主題とした戯曲も数多く存在し、クリストファー・マーロウの『エドワード二世』やベン・ジョンソンの『シジェイナスの失脚』などが有名です。

シェイクスピアは、寵臣を題材にした作品をあまり書いていませんが、フォルスタッフやウルジー枢機卿などを通して、寵臣に対する批判的な視点を描いています。

フランシス・ベーコンは、自身の著書『随筆集』の中で、寵臣について「君主は、自分の身分と臣下や召使のそれとがかけ離れているので、数人を引き上げて自分の仲間とする必要がある」と述べています。

ビュート伯ジョン・ステュアートについても、トーマス・マコーリー卿は「彼は寵臣であり、寵臣という存在はその国で常に憎まれるものである」と述べています。

著名な寵臣の例

旧約聖書のダビデやヨセフ
前漢の籍孺、閎孺
ローマのセイヤヌス、クレアンデル
ビザンツ帝国のバシレイオス1世
中世のピアーズ・ギャヴィストン、ヒュー・ル・ディスペンサー、アルバロ・デ・ルナ、ロバート・コクラン
近世のロバート・ダドリー、ロバート・デヴァルー、フランシスコ・デ・サンドバル・イ・ロハス、ガスパール・デ・グスマン、シャルル・ダルベール、エズメ・ステュワート、ロバート・カー、ジョージ・ヴィリアーズ、アクセル・オクセンシェルナ、ジュール・マザランなど

関連項目

廷臣
側近

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