小田井原の戦い

小田井原の戦い（おたいはらのたたかい）は、戦国時代の天文16年（1547年）閏7月から8月にかけて、甲斐の武田晴信（後の信玄）と関東管領上杉憲政、そして信濃国志賀城主笠原清繁の間で繰り広げられた、志賀城を巡る攻防戦です。

戦いの背景

戦国時代の信濃国佐久郡・小県郡は、大井氏、伴野氏、滋野一族（海野氏、望月氏、真田氏など）、依田一族（相木氏、芦田氏、笠原氏など）といった中小の国人領主が割拠していました。甲斐守護の武田信虎は、駿河の今川氏や諏訪の諏訪氏と同盟を結び、天文9年（1540年）頃から佐久郡・小県郡への侵攻を開始しました。武田軍は佐久郡の諸城を攻略し、前山城を拠点とします。翌年には、諏訪頼重と共に小県郡に侵攻し、大井貞隆の居城である長窪城を陥落させ、諏訪領としました。さらに、武田・諏訪連合軍は海野氏、真田氏を駆逐しました。

しかし、天文10年（1541年）6月、武田信虎が嫡男である晴信によって追放されると、武田氏に服属していた佐久郡・小県郡の国人衆は離反を始めます。天文11年（1542年）には、晴信は諏訪郡に侵攻し、諏訪頼重を滅ぼしました。この機に乗じて大井貞隆は長窪城を奪還し、武田氏の支配力は大きく後退しました。天文12年（1543年）、諏訪郡をほぼ平定した晴信は再び小県郡に出兵し、長窪城を包囲しました。大井貞隆は望月一族と共に籠城しましたが、芦田信守、相木市兵衛らの内応により落城し、大井貞隆は捕らえられ切腹させられました。

その後、晴信は上伊那郡へと兵を進め、高遠頼継や藤沢氏、小笠原氏と戦いました。その間に、佐久郡では大井貞清（貞隆の子）が関東管領上杉憲政の支援を受けて国人衆を糾合し、蜂起しました。高遠頼継を没落させ、藤沢氏を降伏させた晴信は、天文15年（1546年）5月に再び佐久郡に侵攻し、大井貞清が立て籠もる内山城を包囲しました。武田軍は総攻撃を仕掛け城を落とし、大井貞清を捕らえました。

関東では、この少し前に河越夜戦で関東管領上杉憲政が北条氏康に大敗を喫していましたが、上野国を中心とする勢力はまだ健在でした。

志賀城包囲

大井一族が壊滅したことで、佐久郡の大半が武田氏に制圧されました。しかし、志賀城の笠原清繁は抵抗を続けました。志賀城は上野国との国境に近く、碓氷峠を通じて関東管領上杉氏からの支援が期待でき、また笠原氏は上杉氏家臣の高田氏と縁戚関係にあったため、上杉氏からの援軍として高田憲頼父子が派遣されていました。

天文16年（1547年）閏7月、晴信は大井三河守を先鋒として甲府を出陣し、同月24日に志賀城を包囲しました。翌25日には、金堀衆が城の水の手を断つことに成功し、志賀城は窮地に陥りました。

小田井原の戦い

関東管領上杉憲政は、志賀城を救援するために軍勢の派遣を決定しました。前年の河越夜戦で大打撃を受けた関東管領家でしたが、依然としてその勢力は大きく、相当な兵力を動員することが可能でした。上杉憲政は重臣の諫言を無視し、倉賀野党を先陣とする大軍を派遣したという記述は、後世の軍記物に見られるものです。

関東管領軍は碓氷峠を越えて信濃国へと進軍しました。志賀城を包囲中の晴信は、重臣の板垣信方と甘利虎泰に別働隊を編成させ、迎撃に向かわせました。8月6日、両軍は小田井原で激突し、板垣・甘利率いる武田軍は関東管領軍を一方的に撃破しました。この戦いで、武田軍は敵将14、5人と兵3000を討ち取る大勝利を収めました。

落城

武田軍は、討ち取った関東管領軍の兵3000の首級を志賀城の目前に並べて晒し、城兵を威嚇しました。救援の望みが絶たれた城兵の士気は大きく低下しました。8月10日、武田軍は総攻撃を開始し、外曲輪、二の曲輪を焼き落としました。翌11日には、残る本曲輪を攻め落とし、城主笠原清繁と関東管領からの援軍高田憲頼を討ち取り、志賀城は落城しました。

武田晴信の捕虜への処置は非常に厳しく、捕虜となった城兵は奴隷労働者とされ、女子供は売り払われました。当時の合戦では、捕虜は報酬として将兵に分け与えられ、金銭で親族に身請けさせることが一般的でしたが、この合戦の捕虜は高額で身請けできず、ほとんどが人買いに売買されたといいます。笠原清繁の夫人は、城攻めで活躍した小山田信有に与えられ妾とされました。江戸時代に編纂された『甲斐国志』には、この悲運の夫人の哀話が残されています。

戦後

志賀城を落とした武田氏は、佐久郡の制圧を完了し、隣接する小県郡に勢力を持つ村上義清との抗争に突入しました。また、大井貞清の没落は、その傘下にあった上野国の市河氏の武田氏への服属をもたらし、後年の武田氏の上野進出の足がかりとなりました。翌年、武田晴信は小県郡に侵攻し上田原で村上義清と戦いますが、重臣の板垣信方と甘利虎泰を失う大敗を喫することになります。

小田井原の戦いは、武田信玄が信濃侵攻を進める上で重要な転換点となった戦いでした。

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