山根銀二

山根銀二：激動の時代を駆け抜けた音楽評論家

山根銀二（やまねぎんじ、1906年 1月27日 - 1982年9月14日）は、日本の音楽評論家であり、特にベートーヴェン研究の大家として知られています。その評論活動は多岐にわたり、新聞、雑誌、著書を通して、日本の音楽界に大きな足跡を残しました。

生い立ちと学歴

山根銀二は、東京府東京市神田区仲猿楽町（現在の東京都千代田区神田神保町）で、鳥取県の資産家である山根銀蔵の庶子として生まれました。幼少期から優れた教育を受け、東京高等師範学校附属小学校（現在の筑波大学附属小学校）、同中学校（現在の筑波大学附属中学校・高等学校）を経て、第一高等学校 (旧制)理科乙類に進学しました。

1925年には東京帝国大学文学部美学美術史学科に入学し、1927年には東大の学生運動「新人会」に参加して社会民主主義思想に触れました。1928年には卒業論文『ワーグナーの総合芸術論』を提出して東京帝国大学を卒業しました。

音楽評論家としての活動

山根は、1934年から『朝日新聞』で音楽批評を執筆し始め、その後『東京日日新聞』を経て、1946年からは再び『東京新聞』や『讀賣新聞』で音楽批評を担当しました。特に『東京新聞』での批評は1961年まで長く続き、その辛口で鋭い批評は、しばしば音楽界で論争を巻き起こしました。

1932年には、諸井三郎の呼びかけで雑誌『音楽芸術研究』の編集に参加し、1933年には箕作秋吉らと『音楽評論』を創刊しました。また、同年には河上徹太郎の『楽壇解消論』に反論するなど、積極的に音楽界の論争にも参加しました。

戦時中は、日本音楽文化協会常務理事を務めましたが、1944年に解任されました。これは、山根の偽装転向を疑った情報局からの圧力によるものとされています。この解任に抗議して、野村光一や中山晋平も音楽文化協会を辞任しました。

戦後、1945年12月には『東京新聞』紙上で山田耕筰と論争（「楽壇戦犯論争」「音楽戦犯論争」）を繰り広げました。この論争は、戦時中の音楽家の責任をめぐるもので、大きな社会的反響を呼びました。

その後も、山根は音楽評論家としての活動を続け、1947年には『音楽芸術』編集顧問に就任し、1948年からは毎日音楽コンクール委員ならびに審査員を務めました。また、1952年には平凡社『音楽事典』の編集委員にも名を連ねています。

国際的な活動と晩年

山根は、国際的な音楽活動にも積極的に参加しました。1962年には労音代表団の団長として中華人民共和国を訪問し、同年には第2回チャイコフスキー・コンクールのチェロ部門審査員としてソヴィエト連邦を訪問しました。1966年にも第3回チャイコフスキー・コンクールのチェロ部門審査員としてソ連を訪れています。1972年には、日本文化人代表団の団長として朝鮮民主主義人民共和国を訪問しました。

1977年には紫綬褒章を受章し、その長年の音楽評論における功績が認められました。

1980年頃から糖尿病などで入退院を繰り返し、1982年9月14日に気管支肺炎のため、76歳でその生涯を閉じました。

楽壇戦犯論争

1945年12月、山根は『東京新聞』に『資格なき仲介者』と題する一文を発表し、戦後に進駐軍音楽家と日本の音楽家との文化交流の仲介者として登場した山田耕筰を批判しました。山根は、山田が戦時中に米国や米国音楽を排除し、憲兵や内務官僚と結んで日本の自由主義者やユダヤ系音楽家を弾圧したと主張しました。

これに対して、山田は『果して誰が戦争犯罪人か』と題する反論文を同紙に掲載し、自身が戦時中に行った愛国的行動は当然であり、山根自身も音楽文化協会の要職に就いていたことを指摘しました。この論争は、戦時中の音楽家の責任を巡るもので、大きな注目を集めました。

実際、山根自身も戦時中は政府寄りの姿勢を示しており、音楽雑誌『音楽文化』（1944年5月号）に『「決戦楽曲」制作の意義』と題する文章を寄稿し、国民の士気を高揚させる楽曲の必要性を説いていました。この点からも、山根の戦時中の言動には矛盾が見られるとの指摘もあります。

エピソード

山根は、その筆法の鋭い批評家として知られており、武満徹は処女作を山根に酷評されて、映画館で泣いたというエピソードも残っています。

また、山根は、「ジャーナリストと評論家は、菓子と酒は貰ってもカネは貰うな」という信念を持っていました。あるとき、声楽家が山根宅を訪れ、菓子折りの下に隠した大量の一万円札を突き返したというエピソードは、山根の信念をよく表しています。

親族

山根は、鳥取県の資産家である山根銀蔵の庶子として生まれ、多くの兄弟がいました。兄の山根銀一は実業家、弟の山根銀三郎は税務研究者、山根銀五郎は生物学者、山根銀六郎は技術者として活躍しました。姪にはピアニストの山根美代子がいます。

著書と訳書

山根は、数多くの著書と訳書を残しており、その主なものとして、『批評から見た音楽二十年』、『音楽論集』、『音楽美入門』、『音楽の歴史』、『孤独の対話─ベートーヴェンの会話帖』、『ベートーヴェン研究』などがあります。訳書には、ワーグナーの『芸術と革命』、シェーンベルクの『和声学』、マックス・ウェーバーの『音楽社会学』などがあります。

まとめ

山根銀二は、激動の20世紀を駆け抜けた音楽評論家であり、その鋭い批評と豊富な知識は、日本の音楽界に大きな影響を与えました。特にベートーヴェン研究における功績は大きく、その著書や論文は、今もなお多くの音楽愛好家や研究者に読まれ続けています。

その一方で、戦時中の言動や辛口な批評は、しばしば論争を招き、山根自身も複雑な一面を抱えていました。しかし、その徹底した姿勢は、日本の音楽評論界に大きな影響を与え、後世に語り継がれるべき存在です。

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