岡林信康アルバム第3集 俺ら いちぬけた

岡林信康『俺ら いちぬけた』

『岡林信康アルバム第3集 俺ら いちぬけた』は、シンガーソングライター岡林信康が1971年8月1日にURCレコードよりリリースしたスタジオアルバムです。URCレーベルから発表された彼のオリジナルアルバムとしては、本作が最後となりました。現在ではApple Musicなどの配信サービスでも聴くことができます。

音楽性と参加ミュージシャン

本作は、柳田ヒロ率いる柳田ヒログループ（柳田ヒロ、高中正義、戸叶京助）を主要なバックバンドに迎え、さらに「はちみつぱい」から鈴木慶一と和田博巳が参加するなど、当時の日本のロック・フォークシーンを彩る実力派ミュージシャンが集結して制作されました。そのサウンドは、骨太なフォークロックでありながら、ピアノやキーボードの音色を効果的にフィーチャーしているのが特徴です。

これは、当時の岡林が、はっぴいえんどのような激しいエレキギターサウンドから離れ、より温かく響くピアノの音を求めていたことによるものです。彼は当時を振り返り、「身体は東京にいても、心はもう田舎での暮らしを望んでいた。だから、サウンドもエレキがギンギン鳴るより、キーボードの音が心地よく感じられた」と語っています。

制作背景とテーマ

本作は、当時の岡林が置かれていた非常に困難な状況の中から生まれました。「フォークの神様」として時代の寵児となり、常に注目の的であった彼は、その重圧に耐えかね、人間関係にも疲れ果てて対人恐怖症に苦しむようになります。そんな中で、「自分が岡林信康だと知らない人ばかりが住む場所へ、一刻も早く逃れたい」という切実な願いが募っていきました。

アルバムの全体を貫くテーマは、「人と自然」です。反体制的なメッセージが多かった前作までから一転し、自分自身の内面や、人間と自然との関わりに深く目を向けるようになりました。岩井宏とのインタビューで、岡林は「体制に反抗したり滅茶苦茶なことをしたりしても、それは本当の意味で『人間らしい』ことには繋がらない。人間は本質的に『毛のないエテ公』のような存在であり、だからこそ自然を生活の基盤に据える必要がある」と語っています。山岸会や那須の牧場での経験を通じて、自身の生活様式そのものを変えることの重要性を痛感したことが、このアルバムの思想的基盤となっています。

本作発表後、岡林は実際に都会を離れ、農村へと移住しました。このアルバムは、その後の彼の活動や人生を方向づける、転換点とも言える作品なのです。

制作エピソードとジャケット

レコーディング中は、多くの曲を歌わなければならないことへの苦悩もあったようですが、編集段階では和やかなムードで作業が進められ、その際の笑い声などもアルバムに収められています。

ジャケット写真は川仁忍が撮影を担当しましたが、アートディレクターの黒田征太郎がそれを大胆にデザインしたため、川仁は「やられた！」と漏らしたというエピソードも残っています。

収録曲

特記なき楽曲の作詞・作曲は岡林信康、編曲は柳田ヒロ。

Side A

1. 堕ちた鳥のバラード（アルバム・バージョン） - (3:23) 作詞: 佐藤信
2. 仲のいい二人 - (5:05)
3. いくいくお花ちゃん - (3:51) 作詞: 佐藤信
4. ゆきどまりのどっちらけ - (4:34) 神田共立講堂でのコンサートでは「1970年12月暮」というタイトルでした。
5. 俺らいちぬけた - (3:39)

Side B

1. 偉いもんだよ人間は - (2:48)
2. 毛のないエテ公 - (2:45) デズモンド・モリスの著書「裸のサル」に影響を受けています。
3. つばめ - (4:56)
4. 人間の条件 - (3:18)
5. 申し訳ないが気分がいい（アルバム・バージョン） - (5:20) 山岸会で自然農法を学んでいるときにできた曲です。

レコーディング・メンバー

唄、ギター – 岡林信康
ピアノ、オルガン、ベース、ボンゴ – 柳田ヒロ
ドラム、コンガ – 戸叶京助
ベース、ギター – 高中正義
ギター – 鈴木慶一
ギター – 和田博己
バンジョー – 岩井宏
フィドル – 玉木宏樹
スチール・ギター – 小林潔
ギター – 石川鷹彦
テナーサックス、横笛 – 村岡健
フルート – 衛藤幸雄
コーラス – 安田南、宇佐美じゅんこ、吉見佑子

スタッフ

ディレクター – 田川律、柳田ヒロ
プロデュース – 秦政明
写真撮影 – 川仁忍
A.D. – 黒田征太郎
A.P. – 田川律
* Mix – 梅津達男

『俺ら いちぬけた』は、当時の岡林信康の精神的な状況と、その後の彼が進む道を色濃く反映した、日本のフォーク/ロック史においても重要な位置を占める作品と言えるでしょう。

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