嶺南 (中国)

嶺南（れいなん、リンナン、Lingnan）

嶺南は、中国南部の五嶺（南嶺山脈）より南の地域を指す名称です。現在の行政区分では、広東省、広西チワン族自治区、海南省の全域に加え、湖南省と江西省の一部が含まれます。地理的には華南地域と重なる部分もあります。

概要と歴史

「嶺南」という名前は、「五嶺の南」に位置することに由来します。五嶺とは、越城嶺、都龐嶺、萌渚嶺、騎田嶺、大庾嶺という5つの山脈の総称で、広西チワン族自治区東部から広東省東部、そして湖南省や江西省の南部にかけて広がり、各省の境界を形成しています。これらの山脈は、中国の長江以南で最大の東西方向の構造帯であり、長江と珠江という二つの大水系の分水嶺でもあります。

古代、この地域は百越と呼ばれ、中原とは異なる言葉や風習を持つ人々が暮らしていました。彼らは呉や越といった国々を通じて、中原との交流もわずかながら行っていました。その後、中国皇帝の支配が及ぶようになり、秦末漢初には南越国が置かれました。漢代には南海郡、桂林郡、象郡という「嶺南三郡」が設置され、その範囲は五嶺以南、南海以北、雲貴地方以東、福建以西にまで及んでいました。この範囲には、現在のベトナム北部も含まれていましたが、唐代後期以降、ベトナムは嶺南の概念から除外されるようになりました。

五嶺は険しく、長年にわたり交通の障壁となっていました。そのため、嶺南は中原とは異なる経済や文化を築いてきました。北方の人々は嶺南を「蛮夷の地」と呼んでいましたが、唐代には張九齢が梅関古道を開通させ、徐々に南北の往来が活発になりました。

自然条件

気候

嶺南の中央部を北回帰線が横断しており、温帯夏雨気候に属しています。モンスーンの影響を強く受け、亜熱帯や海洋性気候の特徴も持ち合わせています。雷州半島から海南島にかけては、熱帯モンスーン気候となっています。高温多雨が特徴で、夏が長く冬が短い気候です。山岳部以外では霜や雪はほとんど見られません。熱帯収束帯の影響で日照時間は短いものの、緯度が低いため日射量は多いです。風向も季節によって大きく異なり、夏は南風が、冬は北風が卓越します。

地勢

嶺南の地勢は、平野が少なく山地が多いことが特徴です。地殻変動の影響で、山地、丘陵、台地、平原が複雑に入り組んでおり、岩石の種類も多様です。五嶺の山岳部から多くの河川が流れ出ており、水量は豊富ですが土砂の量は比較的少ないです。嶺南最大の河川は珠江で、中国で5番目の長さを誇りますが、流量は長江に次いで2番目です。

険しい山々、縦横に走る河川、複雑な海岸線が織りなす風景は、嶺南の大きな魅力です。特に石灰岩による奇峰や鍾乳洞は、桂林などの景勝地を形作っています。

嶺南の社会

「嶺南文化」は、中原文化とは大きく異なる独自性を持っています。河川沿いの漁労や稲作、そして海に開かれた地理的条件から、広府文化、潮州文化、客家文化など、多様な文化が育まれてきました。

商業と交易

古代の嶺南は、険しい山々によって中原との交通が阻まれており、開発が遅れていました。この地理的条件は、一方で中原の政治的混乱の影響を受けにくいという利点ももたらしました。経済発展は、農業を基盤としつつも、水稲を中心に、養魚、家禽、果樹、養蚕など、多様な第一次産業が発展しました。長い海岸線を生かし、沿岸漁業や海上交易も早い時期から行われ、商品経済や商業意識が育まれました。元代には、嶺南は海のシルクロードの東の玄関口として繁栄し、明から清中期にかけては、広州が中国唯一の対外貿易港となり、珠江は多くの船で賑わいました。

中原の文化の影響

商周時代から、嶺南と中原との間には政治、経済、文化的な交流がありました。戦国時代には、多くの漢人が嶺南に移住し始め、商業や交易に従事したほか、戦乱を避けてきた人々や征服戦争で定住した人々もいました。秦による嶺南支配以降、漢人の移住は加速し、百越の人々は徐々に同化していきましたが、方言や風習には大きな違いが残りました。唐代には、張九齢によって大庾嶺を超える道が開かれ、中原の文化や財貨が嶺南に流れ込むようになりました。また、嶺南からも優秀な人材が中央に進出するようになりました。この道を通じて、華北や華中から嶺南への人口移動も頻繁になり、北方の技術がもたらされました。客家は、この時期に嶺南に移住した大きな集団の一つです。

流刑によって嶺南に送られた多くの学者や政治家たちも、嶺南の文化発展に貢献しました。劉禹錫、寇準、秦観、柳宗元、韓愈、湯顕祖などがその代表例です。彼らは嶺南の開発や人材育成に尽力し、嶺南から多くの知識人を輩出する土壌を作りました。明中期以降には、陳献章を始祖とする嶺南学派が生まれ、伝統にとらわれない儒学研究が行われました。