百越

百越：古代中国南方の謎多き文明

百越とは、古代中国の長江以南、現在の中国南部からベトナム北部にかけて広がる地域に居住していた諸民族の総称です。古くは「越人」「越族」「粤」などと呼ばれ、紀元前後の中国史において重要な役割を果たしました。日本の明治から昭和期には、南越国に居住した民族との関連から「南越族」という表記も見られます。

百越の起源は、現在の浙江省東海岸周辺だと推測されています。独自の言語である古越語を話し、華夏民族とは言語が異なり、互いの言葉は通じなかったと考えられています。しかしながら、古越語は古代中国語に大きな影響を与え、現代中国語の方言である贛語、呉語、閩語、粤語などとの関連性が指摘されています。

春秋時代から漢王朝まで

春秋時代には、楚、呉、越といった国家を形成しました。秦や楚といった、中原王朝とは異なる勢力もまた、百越と近しい文化を持つ異民族と見なされていました。漢王朝成立後も、長江以南には南越と閩越という二つの主要な越の勢力が存在しました。漢民族は、北方勢力の支配に対抗しつつ、徐々に南へと進出し、華南地域に独自の王朝を築きました。この過程において、百越の人々はしばしば反乱を起こしており、「徴姉妹の乱」などがその一例として知られています。

その後、北方勢力の征服王朝が台頭するにつれて、漢民族の華南への移住が進み、百越の人々は徐々にベトナムへと南下していきました。968年には、北部ベトナムで丁朝が成立し、独立した越人民族王朝が誕生します。

中国に残された百越の人々は、「越」という国家を失い、民族としてのアイデンティティも薄れていきましたが、広東省の方言である粤語や、地名、車のナンバープレートなどにその痕跡を残しています。また、ベトナムの国名「越南」も、百越との歴史的つながりを示すものです。

名称と呼称

中国の史書や文献においては、「越」「戉」「粤」「百粤」といった様々な表記が見られます。これらの字は、現代のピンインでは全て「yuè」という同じ発音で表されます。

言語と遺伝子

百越の言語については、未だ研究段階ですが、一部の百越がオーストロアジア語族の言語を話していたとする説があります。遺伝子研究では、百越がY染色体ハプログループO1aに属するとの指摘や、O1b系統に属していたとする説、さらに長江文明との関連性も指摘されています。これらの研究は、百越の起源や移動、言語系統などを解明する上で重要な手がかりとなります。

文化と交流

百越の文化は、稲作、断髪、黥面（入れ墨）、龍蛇信仰、太陽神崇拝など、倭人（特に海神族）の文化と共通点が多く見られます。また、現在では廃れている熟鮓（なれずし）も、百越の間で古くから行われていたとされ、それが日本へ伝播したという説があります。

高度な冶金技術

百越は、高度な冶金技術を持っており、特に剣の生産で有名でした。欧冶子や干将・莫耶、徐夫人といった伝説的な剣匠も輩出しています。越王勾践剣や呉王夫差矛といった現存する遺物からも、その優れた技術の高さが伺えます。現代でも、浙江省竜泉市は刃物の名産地として知られており、百越の伝統が脈々と受け継がれています。

結論

百越は、古代中国南部からベトナム北部にかけて栄えた、謎多き古代文明です。その言語、文化、遺伝子、そして現代に残る影響について、更なる研究が待たれます。彼らの高度な冶金技術や、倭人との文化交流など、様々な側面から、この古代文明の全貌に迫ることで、東アジアの歴史をより深く理解することができるでしょう。

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