広島陸軍被服支廠

広島陸軍被服支廠（出汐倉庫）の歴史と現状

広島陸軍被服支廠、通称「出汐倉庫」は、広島市南区出汐に位置する旧日本陸軍の施設です。この施設は、兵士の軍服や軍靴などを製造するために建設されました。広島への原爆投下時には、爆心地から約2.7kmの距離にありながらも倒壊を免れ、多くの被爆者のための臨時救護所となりました。戦後は学生寮や運輸倉庫として利用されましたが、1990年代後半からは空き施設となっています。しかし、現存する4棟は広島市によって被爆建物として認定されており、その建築史的価値から保存運動が行われています。2024年 1月19日には「旧広島陸軍被服支廠倉庫施設」として国の重要文化財に指定されました。

概要

被服支廠では、軍服や軍靴の製造に加え、マント、下着、帽子、手袋、靴下、背嚢、飯盒、水筒、寝具、石鹸、雑貨など、多岐にわたる物品を扱っていました。戦線の拡大に伴い、防寒服、防暑服、航空隊用、落下傘部隊用、挺身隊用被服、防毒用被服なども取り扱うようになり、軍服の縫製と軍靴の製造を主軸に、その他物品は民間工場に委託していました。被服支廠は、これらの物品の受発注、品質管理、貯蔵、配給を行い、中四国や九州の民間工場の管理指導、国民の被服監督も担っていました。

機能

被服支廠の職工は、1924年時点で652人（男性262人、女性390人）、1929年時点で505人（男性228人、女性277人）と、女性が多数を占めていました。当時の賃金は、男性が1円20銭から4円、女性が90銭から3円でした。福利厚生も充実しており、本人や家族の診療、乳幼児保育などが提供されていましたが、入工には身元調査が重視され、良家の子息が優先的に採用されていました。1943年後半には米軍による空爆を避けるため、製造設備と貯蔵品の分散化が行われ、倉敷出張所、児島作業所、宇品作業所が新設されました。

沿革

創設
1905年4月、陸軍被服廠広島出張所として開設され、同年12月には現在地で全面的に竣工しました。1907年11月には支廠に昇格しました。創設当時、被服支廠は東京、大阪と並んで全国に3ヶ所しかなく、各支廠は連携して業務を行っていました。敷地は大正初期には7万坪に及び、近隣には陸軍兵器支廠や要塞砲兵連隊など、多くの陸軍施設が存在しました。最寄り駅は、敷地の東側を通る国鉄宇品線の「比治山簡易停車場」でしたが、1919年に廃止されました。その後、「被服支廠前停留場」として復活し、後に上大河駅となりました。支廠への通勤者で賑わった道は「被服廠通り」と呼ばれ、現在の皆実町中通り商店街の起源となりました。

原爆被災
1945年8月6日、原爆投下により広島市は壊滅しましたが、被服支廠は厚い外壁のおかげで焼失や倒壊を免れました。被爆者の救護所として使われ、多くの被爆者がここで命を落としました。その惨状は、峠三吉の詩集に記録されています。爆風で歪んだ鉄扉は現在も残されており、爆風で浮き上がったレンガ塀の笠木は広島平和記念資料館に保存されています。

戦後から現在まで
敗戦後、被服支廠の施設は広島大学、広島高等師範学校、大蔵省中国財務局庁舎、公務員宿舎、県立学校、国道2号線などに転用されました。その過程で多くの建物は解体され、現在は4棟のみが残っています。1棟は広島大学の学生寮「薫風寮」として使用され、残る3棟は日本通運が倉庫として使用していました。1997年以降、4棟は完全に未使用となり、「旧日本通運出汐倉庫1-4号棟」として被爆建物台帳に登録されました。被服支廠の遺構は、近隣地区のランドマークとなっており、近くの旭商店街の愛称「アイビータウン」は、倉庫の壁面に絡まるツタに由来しています。

構造

現存する10～13番庫は、1913年8月に竣工したもので、L字型に並ぶ4棟からなり、各棟は長辺94m、3階建て高さ17mの鉄筋コンクリート造り煉瓦張りです。1997年以降は未使用となっています。1～3号棟は県が、4号棟は中国財務局が所有し、県が一括管理しています。延床面積は約21,700m²です。外観は煉瓦造ですが、内部は鉄筋コンクリートのラーメン構造で、外壁と一体化しています。コンクリート梁の端部や床スラブが外観に表れていることから、この構造が確認できます。日本では、明治38年に佐世保軍港内に建てられたものが最初のRC造建築物とされています。

再利用計画

広島県は1980年から保存を検討し始め、1993年には保存・活用方策懇話会を開催し、文化、歴史、平和、アジアの視点を基本とした活用を提言しました。しかし、バブル崩壊の影響や、1棟あたり20億円を超える耐震補強費用の問題で、再利用計画は実現しませんでした。1997年には瀬戸内海文化博物館構想、2002年にはエルミタージュ美術館分館の誘致も検討されましたが、実現には至りませんでした。2011年には原爆の子の像に溢れた折鶴の展示場所候補にもなりました。2019年、広島県は所有する3棟のうち2棟を解体する方針を示しましたが、保存を求める声に応え、2021年に全3棟を耐震化することを決定しました。2022年には国所有の1棟も県と連携して保存されることになりました。

G7広島サミットとの関連

2023年5月17日、神戸市の大学院生がG7広島サミットの取材に来た海外メディアに対し、この建物を「被害と加害の両面を伝える重要な文化財」として説明しました。また、2023年5月21日には、日曜報道 THE PRIMEの生放送会場となり、この建物やサミットについて議論が行われました。

支廠長

荒張正一郎一等主計正（不詳 - 1934年3月5日）

現状

現在、建物は使用されておらず、遺構として保存されています。

参考資料

被爆建造物調査委員会編『被爆50周年ヒロシマの被爆建造物は語る - 未来への記憶』広島平和記念資料館、1996年
山下和也・井手三千男・叶真幹『ヒロシマをさがそう：原爆を見た建物』西田書店、2006年 ISBN 488866434X
広島市郷土資料館『陸軍の三廠～宇品線沿線の軍需施設～』（広島市郷土資料館調査報告書第20集） 2022年

外部リンク

被爆建物刻まれた記憶（NHK広島放送局）「広島陸軍被服支廠」 - ウェイバックマシン
建築マップ・旧陸軍被服支廠倉庫
旧被服支廠の保全を願う懇談会
 広島県土地家屋調査士会旧広島陸軍被服支廠3次元データ化