弟橘媛

弟橘媛（おとたちばなひめ）とは

弟橘媛は、『日本書紀』や『古事記』に登場する、日本武尊の妃とされる女性です。『日本書紀』では穂積氏忍山宿禰の娘とされ、日本武尊との間に稚武彦王をもうけたと記されています。一方、『古事記』では倭建命の后・弟橘比売命として登場します。彼女は、日本武尊の東征の際に、海難を鎮めるために自ら海に身を投じたという伝説で知られています。

記紀における弟橘媛

『日本書紀』によると、弟橘媛は穂積氏忍山宿禰の娘で、日本武尊との間に稚武彦王を産んだとされています。一方、『古事記』では、倭建命（日本武尊）が相武国造にだまされ火攻めに遭った際、倭比売命から授かった草薙剣で難を逃れた後、走水海に至った際に、海が荒れて進むことができなくなったと記されています。この時、弟橘比売命は「夫である皇子の身代わりに海に入り、東征を護りたい」と申し出て、菅畳や皮畳、絹畳を重ねた上に座り海に身を投じました。すると海は穏やかになり、船を進めることができたとされています。

弟橘媛の和歌と櫛

『古事記』には、弟橘媛が海に入る前に詠んだ和歌が残されています。それは、「相武の野に燃え立つ火の中で、わたしの心配をしてくださった貴方」という意味で、倭建命への感謝の気持ちが込められています。この和歌は、火攻めにあった際の倭建命の気遣いに対する感謝を表しており、二人の深い絆を示唆しています。
また、弟橘媛が持っていた櫛は、7日後に海岸に流れ着いたとされ、その櫛を祀ったのが橘樹神社の由来の一つとも伝えられています。

弟橘媛を偲ぶ日本武尊

弟橘媛の死後、日本武尊は彼女を深く偲びました。『日本書紀』では碓日の嶺、『古事記』では足柄の坂本で「吾妻はや」と嘆いたとされています。この「吾妻」という言葉は、日本の東部を指す言葉として使われるようになり、この故事が地名起源説話として語り継がれています。

『常陸国[[風土記]]』における弟橘媛

『常陸国[[風土記]]』では、弟橘比売命は大橘比売命または橘皇后として登場し、日本武尊は倭武天皇と表記されています。ここでは、天皇と皇后として扱われ、倭武天皇が倭から来た大橘比売命と安布賀の邑で再会したことや、天皇が野で、皇后が海で狩りを競い合ったことが記されています。

『先代旧事本紀』における弟橘媛

『先代旧事本紀』では、弟橘媛は穂積氏忍山宿禰の娘であり、景行天皇の妃として稚武彦王を産み、さらに成務天皇の項では、9人の子を産んだとされています。これは、記紀とは異なる側面からの弟橘媛の記述と言えるでしょう。

弟橘媛を祀る神社と伝説

弟橘媛の伝説は、浦賀水道を渡って上総に向かう際の出来事として語り継がれており、上総（現在の千葉県）を中心に多くの神社が彼女を祀っています。特に茂原市本納にある橘樹神社は、延喜式内社で、上総国二宮であり、弟橘媛を祀る唯一の正史に記載された神社として知られています。この神社の由緒には、弟橘媛が海上の守護神になったという伝承が残されており、海難防止の神として信仰を集めています。

その他、関東一円には吾妻神社（吾嬬神社）が点在しており、神奈川県などにも橘樹神社と同名の神社があります。また、能褒野神社や走水神社のように、日本武尊を祀る神社に合祀されている例もあります。穂積氏が石切劔箭神社の社家の祖先にあたることから、同神社の上之社の婦道神社にも祭神として祀られています。

袖ケ浦の地名伝説

東京湾沿岸の袖ケ浦市と習志野市には、「袖ケ浦」という地名が存在しますが、これは弟橘媛の着物の袖が流れ着いたという伝説に由来すると言われています。左右の袖がそれぞれ袖ケ浦市と習志野市に流れ着いたという説もあり、弟橘媛の伝説が地名に影響を与えていることがわかります。

弟橘媛は巫女？

弟橘媛の名前にもある橘は、古くから聖なる木として扱われてきました。そのため、弟橘媛を巫女とする説も有力であり、彼女が単なる妃ではなく、神聖な存在として捉えられていたことを示唆しています。

まとめ

弟橘媛は、日本武尊の妃としてだけでなく、海難を鎮めるために自らを犠牲にした女性として、多くの人々に語り継がれています。彼女の伝説は、多くの神社や地名にその痕跡を残し、現代にもその影響が及んでいます。弟橘媛は、勇敢で献身的な女性として、日本の歴史の中で重要な役割を果たした人物と言えるでしょう。

参考資料

宇治谷孟 『日本書紀（上）全現代語訳』、講談社、1988年 ISBN 4-06-158833-8
次田真幸 『古事記（中）全訳注』、講談社、1980年 ISBN 4-06-158208-9
植垣節也 『風土記　新編日本古典文学全集5』、小学館、1997年 ISBN 4-09-658005-8
菊池利夫 『東京湾史』 大日本図書印刷 1974年
小野一之・鈴木彰・谷口榮・樋口州男 『人物伝小辞典 古代・ 中世編』、東京堂出版 2004年
[1] 無料公開マンガふるさとの偉人「ヤマトタケル　オトタチバナヒメ」 発行 三重県亀山市教育委員会 2023年3月

関連項目

東・東国
玉崎神社
姉埼神社
蘇我比咩神社
* きみさらずタワー

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