張耳

張耳（ちょう じ）

張耳は、秦末から前漢初期にかけての武将であり、趙王として歴史に名を刻んだ人物です。彼の生涯は、激動の時代を象徴するかのごとく、数々の転換と波乱に満ちていました。

青年時代

張耳は、魏の大梁（現在の河南省開封市付近）出身です。若い頃には、魏の公子である信陵君の食客として仕えていました。しかし、信陵君が政治から遠ざけられたことをきっかけに、外黄（現在の河南省蘭考県）へと移り住みます。そこで地元の富豪の娘と結婚し、妻の実家の援助を得て、魏に仕官し、外黄県令となりました。この時期に、長男と次男の張敖が誕生したとされています。

また、同郷の陳余とは、まるで父子のような親密な関係を築き、互いに首を斬られても良いという固い友情（刎頸の交わり）を誓い合いました。さらに、まだ庶民だった頃の劉邦（後の漢の高祖）も食客として受け入れています。

魏の滅亡と挙兵

紀元前225年、魏が秦によって滅ぼされると、張耳と陳余は名前を変え、秦の追手を避けて陳の村の門番として身を隠しました。しかし、村役人に因縁をつけられ、陳余が袋叩きにされるという災難に遭います。張耳は陳余を「将来のために、つまらないことで命を落とすべきではない」と慰め、互いを支え合いました。

紀元前209年に陳勝が蜂起すると、張耳と陳余はすぐに駆けつけました。陳勝は二人の名士を喜び迎え、王位に就くよう勧められますが、張耳らは「秦に滅ぼされた各国の王族を跡継ぎに立てずに、自ら王になっては私心で蜂起したと思われます」と反対しました。しかし、陳勝はこれを押し切り、自ら王位に就きます。その後、陳余が秦の支配下にある趙を攻めたいと申し出ると、陳勝は武臣を大将、邵騒を副将、張耳と陳余を補佐に任命し、趙討伐を命じました。

趙攻略の途中、范陽（現在の河北省保定市定興県）を攻略した際、地元の弁士である蒯通が郡守の説得に成功し、趙の制圧は容易に進みました。その後、張耳と陳余は武臣に趙王即位を勧め、武臣は陳勝に奏上。陳勝は激怒しましたが、上柱国の蔡賜に説得され、渋々認めました。これにより、張耳は右丞相、邵騒は左丞相、陳余は上将軍に任命されました。

刎頸の友との決別

趙を平定した後、武臣は秦攻略を命じられ、地盤固めのために各地へ配下の将軍を派遣しました。その中の一人、李良が秦軍に苦戦し、兵の増援を求めて邯鄲に戻る途中、武臣の姉の一行に遭遇します。酒に酔っていた姉は李良に無礼な態度を取ってしまい、激怒した李良は姉の一行を殺害、そのまま邯鄲に入り、武臣と左丞相の邵騒を討ち取ってしまいます。

張耳と陳余は間一髪で脱出し、かつての趙の公子であった趙歇を王として擁立し、信都を都としました。李良は信都を攻めますが、陳余に撃退され、秦の将軍章邯の下へ逃亡しました。章邯は王離を信都へ派遣し、自身は邯鄲の住民を強制的に移住させ、城郭を破壊しました。張耳は趙王とともに鉅鹿（現在の河北省平郷県）に籠城し、陳余は恒山で兵を集めることになりました。

鉅鹿で張耳は援軍を待ちましたが、陳余は秦の大軍を見て動こうとしませんでした。張耳は使者を送り「刎頸の交わりを交わした仲なのに、なぜ援軍を送らないのか」と詰問しましたが、陳余は「ここで死んでも秦が得するだけだ」と動こうとしませんでした。使者は「ともに死んで信用を立ててください」と説得し、陳余は5千の兵を与えます。しかし、援軍は秦軍に敗れ全滅。張耳は、陳余が裏切ったと思い、彼を責めました。陳余は激怒し、印綬を押し付けて去り、そのまま漁師として生活するようになりました。

敵対と再会、そして最期

陳余の軍勢を支配下に置いた張耳は、趙歇を信都に残し、諸侯とともに咸陽に攻め入りました。秦滅亡後、項羽が諸侯の論功行賞を行い、張耳は趙を分割され、恒山王（常山王）に封じられました。一方、陳余は侯に封じられ、これに激怒した陳余は斉の田栄から兵を借りて挙兵し、張耳を攻撃、一族を皆殺しにしました。

張耳は息子の張敖とともに命からがら逃げ延び、劉邦を頼って漢に仕えることになります。楚漢戦争が始まると、劉邦は陳余に同盟を求めましたが、陳余は張耳の首を差し出すことを条件としました。劉邦は張耳に似た囚人の首を差し出し、一時的に同盟を結びましたが、後に張耳の生存が発覚し、同盟は破棄されました。

その後、韓信の別働軍が各地を平定する作戦に参加した張耳は、副将として従い、魏や代を滅ぼし、趙に迫りました。井陘の戦いで、張耳は陳余率いる20万の趙軍と対峙し、韓信の背水の陣の計略により漢軍が勝利。陳余は処刑され、趙歇も捕虜となり処刑されました。

紀元前204年、韓信が張耳を趙王とするよう劉邦に進言し、張耳は趙王に封じられました。紀元前202年、張耳は死去し、景王と諡号されました。その後、息子の張敖が跡を継ぎましたが、後にクーデターにより王位を剥奪されました。しかし、張耳の血筋はその後も続き、後漢の元勲である張充やその子孫たちが活躍しました。また、前涼を建国した張軌は張耳の17世の孫と伝えられています。

張耳の生涯は、激動の時代を生き抜いた一人の武将の物語として、今もなお語り継がれています。

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