張軌

張軌（ちょう き）：前涼の建国者、その生涯と功績

張軌（ちょう き）は、五胡十六国時代の前涼を建国した人物です。字は士彦（しげん）。安定郡烏氏県（現在の甘粛省平涼市涇川県）の出身で、その生涯は激動の時代における地方政治の模範として、また文化の保護者として、後世に大きな影響を与えました。

若き日々と朝廷での活躍

若い頃は宜陽の女几山に隠棲し、皇甫謐（こうほひつ）と共に学問に励みました。泰始元年（265年）には、恩蔭制度により官界に入り、衛将軍楊珧（ようよう）の属官や太子舎人（たいししゃじん）を歴任。尚書郎（しょうしょろう）や太子洗馬（たいしせんば）などの要職を経て、散騎常侍（さんきじょうじ）・征西軍司（せいせいくんじ）にまで昇進しました。

河西での自立と統治

八王の乱が激化すると、張軌は災いを避けるため、涼州刺史（りょうしゅうしし）の地位を朝廷に求め、赴任します。当時の涼州は鮮卑（せんぴ）の反乱が頻発しており、治安は極めて不安定でした。張軌は着任後、迅速に反乱を鎮圧し、1万人以上を討伐する手腕を発揮。同時に、倫理的な教化を推進し、農耕や養蚕を奨励するなど、民政にも力を入れました。

人材登用と教育の重視

涼州の名族である宋配（そうはい）、陰充（いんじゅう）らを腹心として迎え、豪族勢力との融和を図りました。また、学校設立を積極的に進め、崇文祭酒（すうぶんさいしゅ）という学政を監督する役職を新設。人材の育成と登用にも尽力し、地域社会の安定と発展に大きく貢献しました。

朝廷への忠誠と貢献

永興元年（304年）頃、朝廷が混乱すると、張軌は3千の兵を洛陽へ派遣し、恵帝（けいてい）を護衛させます。また、韓稚（かんち）が張輔（ちょうほ）を殺害すると、討伐軍を派遣して鎮圧。鮮卑の若羅抜能（じゃくらばつのう）が反乱を起こすと、宋配を派遣してこれを討ち破り、10万戸余りを捕虜としました。これらの功績により、恵帝から安西将軍（あんせいしょうぐん）・安楽郷侯（あんらくきょうこう）に任じられ、その働きを慰労されました。

張越の乱と涼州の安定

永嘉2年（308年）、張越（ちょうえつ）が張軌を追い落とそうと反乱を起こします。張軌は一時隠遁を考えますが、王融（おうゆう）らの諫言を受け、長男の張寔（ちょうし）に討伐を命じます。張寔は張鎮（ちょうちん）らを討伐し、張越を鄴（ぎょう）へ逃亡させ、涼州の騒乱を鎮めました。

洛陽防衛への貢献

永嘉2年（308年）には、王弥（おうび）が洛陽へ侵攻。張軌は北宮純（ほくきゅうじゅん）らを派遣し、王弥軍を撃退。劉聡（りゅうそう）軍をも破るという大功を挙げました。洛陽では張軌の軍を称える歌が作られ、その勇猛さが広く知れ渡りました。

西晋の再興に尽力

洛陽が陥落した後、張軌は涼州へ避難する民を積極的に受け入れました。司馬鄴（しばぎょう）が関中で漢軍に対抗すると、張軌は檄を飛ばし、司馬鄴を秦王として擁立。宋配や張寔に関中へ援軍を送りました。司馬鄴が皇太子に立てられると、驃騎大将軍（ひょうきだいしょうぐん）に任じられますが、張軌はこれを固辞しました。

晩年と死

建興2年（314年）、張軌は侍中（じちゅう）・太尉（たいい）・涼州牧（りょうしゅうぼく）に任じられますが、これも固辞。老齢のため、子の張寔が副刺史（ふくしし）・撫軍大将軍（ぶぐんたいしょうぐん）に任じられます。同年5月、病のため死去。享年60歳。武公（ぶこう）と諡（おくりな）され、その功績を称えられました。

張軌は生涯、西晋朝廷への忠義を貫き、独自の称号を用いることはありませんでした。しかし、後に曾孫の張祚（ちょうそ）が王位を僭称した際、武王（ぶおう）と追諡（ついし）され、太祖（たいそ）という廟号（びょうごう）が贈られました。

人物像と評価

張軌は前漢初期の趙王張耳（ちょうじ）の17世孫とされ、代々儒学を専攻する家系に生まれました。幼い頃から明敏で学問を好み、容姿や立ち居振る舞いも礼儀正しかったと伝えられています。

各地で反乱が起こる中、張軌は朝廷への朝貢を絶やさず、その忠誠心は高く評価されました。また、文人としても著名で、『易』に注釈を加えた書物を杜預（どゆ）へ贈ったことや、『易義』全10巻を著したことなどが知られています。

房玄齢（ぼうげんれい）は、『晋書』において張軌の功績を称え、その政治手腕と西晋への忠誠心を高く評価しています。

張軌は、激動の時代において、地方の安定と文化の発展に尽力した傑出した政治家であり、その名は後世に長く語り継がれることでしょう。

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