彦部家住宅

群馬県桐生市広沢町に所在する彦部家住宅は、地域の歴史を物語る貴重な建造物群です。広大な屋敷地を含む一帯は、昭和51年（1976年）に「彦部氏屋敷」として群馬県指定史跡となりました。さらに、平成4年（1992年）には主屋をはじめとする主要な建築物群が「彦部家住宅」の名で国の重要文化財に指定され、その歴史的価値が広く認められています。

屋敷構えと歴史

彦部家住宅が位置するのは、桐生市広沢町の手臼山の麓です。県指定史跡としての種別は「城館跡等」とされており、かつてここが単なる居宅ではなく、防御機能を備えた館であったことを示しています。手臼山を物見の砦として利用し、山の斜面を除く三方には土居と堀が巡らされた平城形式を採用しています。その規模は、正面が約130メートル、奥行きが約120メートルに及びます。屋敷の南側にある追手には格式高い長屋門が設けられ、北東側の搦手口は敵の侵入を阻む喰違構造となり、櫓台も築かれています。土塁の底部や搭手には川原石を用いた石垣も見られ、これらの中世に築かれた屋敷の構えが良好に残されている点が特徴です。敷地の北西には、八幡神と屋敷神を祀る小さな社も鎮座しています。

彦部家の歩み

彦部家は、家系図によれば天武天皇の皇子である高市皇子を祖先とする古い家柄です。高市皇子から六代目の峯緒王が臣籍に下り、高階真人となりました。さらに時代を経て、源義家の子である惟頼が高階惟章の跡を継ぎ、康和4年（1102年）に陸奥国菊多郡の検断職として東北地方へ赴いたと伝えられています。13世紀には、光朝の代に陸奥国紫波郡の彦部郷に移り住み、「彦部六郎」と名乗るようになったのが彦部姓の始まりとされています。室町時代には足利将軍家に仕え、足利義晴から一字を拝領した晴直や、その子で足利義輝から偏諱を受けた輝信は一族の全盛期を築きましたが、永禄8年（1565年）の永禄の変で父子ともに命を落としたと記録されています。

永禄の変より少し前の永禄3年（1560年）、関白の近衛前嗣が関東へ下向した際、血縁関係にあった彦部家から輝信の弟・信勝が随行して桐生を訪れました。翌年に関白が桐生を去った後も、信勝はこの広沢郷に屋敷を構えて定住したのが、彦部家がこの地に根付くきっかけとされています。信勝の跡は、兄輝信の子である信直が継ぎ、近隣の有力者であった金山城主・由良成繁からも客分として迎え入れられるなど、この地での地歩を固めました。屋敷の北西にある高階山福厳寺は、信勝が父や兄の菩提を弔うために天正年間に開基した寺院と言われています。

江戸時代に入ると、彦部家は代々村役人を務める土豪的豪農として栄えました。正徳4年（1714年）の記録では高57石の石高を有していました。19世紀前期には、当主の一人である彦部五兵衛知行が京都西陣の織屋で奉公し、高度な織染技術を習得しました。帰郷後、多数の奉公人を抱え、屋敷をそのまま作業場として活用し、黒繻子などの帯地となる高級絹織物を生産しました。その事業は大きく成功し、多い年には2000両を超える売り上げを記録するなど、桐生地域の織物産業発展の一翼を担いました。明治時代には、彦部彦四郎の次男として生まれた彦部駒雄が広沢村会議員や群馬県会議員、桐生織物同業組合組長などを歴任し、県立桐生工業学校（現在の桐生工業高等学校）の設立を建議し実現させるなど、地域社会の発展に多大な貢献をしました。

重要文化財の建造物群

彦部家住宅として国の重要文化財に指定されているのは、主屋、長屋門、冬住み、文庫倉、穀倉の計5棟の建築物と、それらを取り巻く広大な土地（20,607.15平方メートル）です。土地には、中世からの遺構である石垣、堀、土塁に加え、水路、井戸、祀社なども含まれており、一体として価値が評価されています。

主屋: 入母屋造、茅葺きの建物で、桁行17.9メートル、梁間10.4メートルの規模を持ちます。北側には桁行16.9メートル、梁間8.5メートルの突出部があり、建築の特徴から17世紀前期の建造と推定されています。内部は東側が土間、西側が居室部となっており、広間、オモテザシキ、オクテザシキ、ウラザシキ、ナンドで構成されています。北側の突出部は、かつて織物工場として利用されていた名残をとどめています。
長屋門: 寄棟造、茅葺きの門で、18世紀の建築と推定されています。屋敷の正門としての風格を備えています。
冬住み: 隠居屋として使われた建物で、寄棟造、茅葺きです。19世紀前期の建築と推定されています。
文庫倉: 土蔵造、切妻造で、屋根は鉄板置屋根となっています。19世紀中期の建築と推定される収蔵庫です。
穀倉: 土蔵造、切妻造で、屋根は桟瓦葺置屋根です。安政3年（1856年）に建てられたことが分かっています。

その他の文化財

彦部家には、国の文化財指定の他に、桐生市指定の文化財も伝わっています。

彦部家文書仁田山紬注文書: 桐生市指定重要文化財。16世紀中期に、室町幕府の将軍・足利義輝の侍女であった小侍従から彦部雅楽守晴直に宛てられた織物の注文書です。この文書は、16世紀中期の桐生地域で既に綾や紬といった高級織物が生産され、「にたやまつむぎ」として京都などに出荷されていたことを示す貴重な資料です。彦部家にはこの他にも、観応2年（1351年）の足利直義御教書など、中世の貴重な古文書が多数所蔵されています。
* 彦部家の合体木: 桐生市指定天然記念物。敷地内には、ムクノキ、シラカシ、エノキという三種類の異なる樹木が一体となった珍しい合体木があり、自然の造形美を見せています。

彦部家住宅は、中世武士の館、近世の豪農、そして近代の地域産業を支えた旧家の歴史を、建築物と遺構、そして伝来する文化財を通して今に伝える貴重な存在です。一般公開も行われており、土曜日、日曜日、祝日の午前10時から午後4時まで見学が可能です。平日の見学や20名以上の団体での見学には事前の予約が必要となります。

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