桐生織

桐生織（きりゅうおり）

桐生織は、群馬県桐生市を中心に生産される絹織物であり、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。その歴史は古く、奈良時代にまで遡ります。江戸時代以降は、西陣の技術や西洋の技術を導入し、さらに工場制手工業をいち早く取り入れることで発展を遂げました。「西の西陣、東の桐生」と称されるほど、高級織物の一大産地として、昭和初期までは日本の基幹産業を担っていました。

2008年には、桐生織物協同組合によって地域団体商標に登録されています。

概要

桐生織は、群馬県桐生市とその周辺地域（みどり市大間々、伊勢崎市赤堀、太田市藪塚、栃木県足利市小俣、葉鹿地区など）で生産されています。御召織、緯錦織、経錦織、風通織、浮経織、経絣紋織、綟り織という七つの主要な技法があり、桐生織伝統工芸士会によってその技術が継承されています。

桐生織が日本工藝史上に特筆される理由の一つに、『工芸志料』を編纂した黒川真頼（東京帝国大学教授）の存在があります。桐生出身の黒川真頼は、桐生織の研究に大きく貢献しました。

桐生織の特徴は、多品種少量生産です。御召、羽織、紬、絣、コート、紋紗、帯など、国内向けの織物を幅広く手掛けています。太平洋戦争中に大規模な織物工場は軍需産業に転換され、戦後に再建されなかったため、現在では大規模な工場は残っていません。その代わりに、織物業に加えて、染色、整理、加工、刺繍、縫製、レースなど、多種多様な小規模事業者が集積した総合産地として発展しています。礼装着物、浴衣、着尺、帯地、丸帯、袋帯、角帯、兵児帯、洋服地、裏地、法被などの祭礼用品、神社仏閣の御守袋など袋物、作務衣や甚平、文楽人形や節供人形の衣装、幟や暖簾、ネクタイやストールなど、その用途は多岐にわたります。

白滝姫伝説

桐生織の起源には、白滝姫伝説が語り継がれています。

今から約1200年前、桓武天皇の時代に、上野国山田郡から京都に仕えることになった男性がいました。彼は、叶わぬ恋と知りながらも、宮中の白滝姫に恋心を抱きます。天皇の前で和歌の腕前を披露し、白滝姫を桐生に連れて帰る許しを得ました。桐生に移り住んだ白滝姫は、絹織物の技術を桐生の人々に伝え、その技術が今も桐生の地で受け継がれていると言われています。

白滝姫が桐生に来た際、桐生市川内の山々を見て「京で見ていた山に似ている」と語ったことから、その地域は『仁田山』と呼ばれるようになり、特産品となった絹織物は「仁田山織」と呼ばれるようになりました。桐生織は、江戸時代前期までは「仁田山織」として知られていました。

姫の死後、姫は天から降った岩のそばに埋葬され、機織神として祀られました。岩からは機織りの音が聞こえていましたが、ある時、下駄を履いた者が岩に乗ったところ、音が鳴り止んでしまったと言われています。この岩は、現在の桐生市川内町にある白滝神社の神体石であると伝えられています。

仁田山

仁田山織の紬は、西国や畿内の紬に比べて品質は劣りましたが、安価であったため室町時代には近隣諸国に流通していました。江戸時代に品質は向上したものの、上方では「田舎絹」の代表として知られており、現在でも粗悪品や偽物を「仁田山」と呼ぶ語源となっています。

歴史

古代・中世

上野国における絹織物の生産は、奈良時代初期に始まったと考えられています。『続日本紀』には、和銅7年（714年）に、相模、常陸、上野の三国から初めてあしぎぬが調として納められたという記述があります。平安時代中期に編纂された『延喜式』には、上野国の税はあしぎぬと定められています。

鎌倉時代の元弘3年（1333年）には、新田義貞が鎌倉攻めの際に、仁田山紬を旗印に用いました。南北朝時代の元中年間（1384年 - 1392年）には、仁田山絹として他国にも流通し始めました。義堂周信の詩集にも上州土産として絹が詠まれており、上野の絹織物は鎌倉あたりまで知られていたことが伺えます。応仁の乱によって一時衰退しましたが、安土桃山時代には荒戸原に新町（桐生新町）が築かれ、天神社周辺で開かれた酉の市で絹の取引が行われるようになり、徐々に活気を取り戻していきました。

近世

慶長5年（1600年）、徳川家康が小山にいた軍を関ヶ原へ急遽引き返す際、急使を送って旗絹を求めたところ、わずか1日ほどで2410疋もの旗絹が天神社の境内に集められ、納められました。この出来事が、織物生産地としての桐生の名声を高めるきっかけとなりました。

江戸時代前期には、桐生新町が整備され、近隣からの移住者が増えたことで機業に従事する者が増加し、京都、大阪、江戸などの地域との取引も盛んになりました。酉の市は六斎市となり、市日は天神社の例祭にちなんで五・九の日に開かれるようになりました。

元文3年（1738年）には、京都の織物師である中村弥兵衛と井筒屋吉兵衛が、桐生に高機の技法を伝えました。高機は、織手と紋引手が共同で文様部を織り出すことで、複雑で変化に富んだ紋織物を生み出すことを可能にしました。その製品は飛沙綾と呼ばれ、桐生の絹市は見立番付の『関東市町定日案内』で大関に格付けされるほど賑わいました。

寛政2年（1790年）には、京都の模様師である小坂半兵衛が桐生に先染紋織の技法を伝えました。時代の変化とともに技術も進化し、図案、製紋、紋揚げ、紋移し、糸撚り、糸染め、糸繰り、緯巻き、整経、綜絖通し、筬通しなどの準備工程が分業化され、綾、緞子、綸子、羽二重、縮緬、紗綾、海気、錦、金襴、金紗、絽金、琥珀、厚板、天鵞絨など、多種多様な絹織物が生産されるようになり、桐生の名はますます高まっていきました。

近現代

安政6年（1859年）の横浜開港以降、国内の生糸が海外に輸出されるようになり、桐生では織物原料の不足と価格高騰に悩まされながらも明治維新を迎えました。しかし、生糸の代わりに輸入綿糸を用いた絹綿交織物の生産に転換することで復興を遂げました。明治時代前期には、輸出羽二重の開発、織物協同組合の前身にあたる桐生会社の開設、ジャカード織機の導入による紋織物生産の効率化、成愛社、日本織物会社といった大工場の設立などがありました。

明治後期になると、輸出織物の重要性を認識した政府は、機業地に財政援助を行うようになりました。その援助を受けて設立された工場は模範工場と呼ばれ、桐生には桐生撚糸会社、両毛整織会社の二社がありました。1907年（明治40年）に渡良瀬水力電気会社が電力供給を開始すると、大正時代に入り、手織機から力織機に移行する工場が増え、安価な人絹織物の生産が活発になりました。

輸出向けの織物は、1928年（昭和3年）に設置された商工省輸出絹織物検査所で検査に合格した製品が海外に輸出され、桐生織物の信用度が高まり、販路拡大につながりました。太平洋戦争後はマフラーの輸出によって復興し、輸出織物見本市や海外見本市を開催することで新たな市場を開拓しましたが、大阪万博開催の頃から、繊維工業が急速に成長した途上国の追い上げによって販路が縮小してきました。

日本人の生活様式の変化に伴う和装離れから、桐生織は苦境に立たされていますが、炭素繊維などの先端科学技術を導入した新製品の開発や、映画・ドラマなどを中心とした衣装提供など、新たな分野に進出して販路を拡大しています。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『SAYURI』では、主演のチャン・ツィイー、コン・リー、桃井かおりが身につけた丸帯が、桐生市の後藤織物で生産されたものです。

1973年（昭和48年）には、桐生繊維関係団体連絡協議会（現在の桐生繊維振興協会）が発足し、繊維業界の発展を図るための活動を行っています。1974年（昭和49年）に施行された伝産法に基づく伝統工芸士制度の発足により、桐生伝統工芸士会が設立され、技術の向上や後継者の育成に取り組んでいます。1977年（昭和52年）には「桐生織」が当時の通商産業省から伝統的工芸品に指定されるなど、桐生織の技術は高く評価されています。1987年（昭和62年）には桐生地域地場産業振興センターが竣工し、新製品の開発や内外情報の収集を実施することで、地場産業の活性化を推進しています。

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