影なき殺人

影なき殺人（Boomerang!）

1947年に公開されたアメリカ映画『影なき殺人』（原題：Boomerang!）は、名匠エリア・カザンが監督を務めた作品です。本作はフィルム・ノワールのジャンルに位置づけられながらも、一つの現実の出来事を基に、フィクションのドラマとして再構築されたセミ・ドキュメンタリーの手法を取り入れている点が特徴です。

物語の概要

物語は、コネチカット州の架空の町フェアポートで発生した痛ましい事件から始まります。ある夜、一人の神父が銃によって命を奪われます。現場には多くの目撃者がいたにもかかわらず、犯人逮捕の手がかりは乏しく、捜査は難航を極めます。この遅々として進まない状況に対し、地元の保守系新聞は激しく反応します。彼らは、警察そして事件を担当するハーヴェイ州検事を、政治的な問題と結びつけて糾弾し始め、世論の圧力が高まります。

このような逆風が吹く中、一人の男性が容疑者として浮上し、逮捕されます。それは、住所不定の元復員兵、ジョン・ウォルドロンでした。警察は彼を真犯人と強く確信し、自白を引き出すために長時間の厳しい尋問を続けます。十分な睡眠も与えられない状況下での追及は続き、ついにウォルドロンは犯行を認める供述をしてしまいます。政治的な背景と世論の圧力もあり、警察もハーヴェイ州検事も、ウォルドロンを起訴せざるを得ない状況に追い込まれます。

しかし、ハーヴェイ州検事は、ウォルドロンの自白の信憑性に疑問を抱き始めます。改めて証拠や目撃者の証言を精査する中で、彼はウォルドロンの犯行を示す決定的な証拠がないこと、そして自白が強要された可能性が高いことに気づきます。周囲からの強い反対や政治的な圧力に直面しながらも、ハーヴェイ州検事は自身の正義感に従い、ウォルドロンの無罪を主張することを決意します。彼は、真犯人を見つけること、そして何よりも冤罪を防ぐために、孤立無援の戦いに挑むことになります。

作品の背景

本作の物語は、実話に基づいて描かれています。原作は、『リーダース・ダイジェスト』誌に掲載されたアンソニー・アボットによる記事で、1924年にコネチカット州ブリッジポートで実際に起きた神父殺害事件とその後に発生した冤罪疑惑、そして最終的に真実を明らかにし容疑者の無実を証明した州検事の活動を描いています。映画の中で舞台となる「フェアポート」は架空の地名ですが、これは実際の事件現場であるブリッジポートをモデルとしています。当初はブリッジポートでの撮影が予定されていましたが、地元の政治的な反発を避けるため、撮影はブリッジポートに近いスタンフォードと、ニューヨーク州のホワイトプレインズで行われることになりました。

主人公であるハーヴェイ州検事のモデルは、後にアメリカ合衆国司法長官を務めたホーマー・S・カミングズです。また、冤罪の危機に瀕する容疑者ジョン・ウォルドロンのモデルは、実際の事件で逮捕されたハロルド・イズラエルとされています。

キャスト

主要な出演者は以下の通りです。

ヘンリー・L・ハーヴェイ州検事: ダナ・アンドリュース
マッジ・ハーヴェイ（ヘンリーの妻）: ジェーン・ワイアット
ハロルド・F・ロビンソン署長: リー・J・コッブ
アイリーン・ネルソン（目撃証人）: カーラ・ウィリアムズ
ジョン・ウォルドロン（容疑者）: アーサー・ケネディ
デイヴ・ウッズ（「モーニング・レコード」記者）: サム・レヴェン
T・M・ウェイド（「モーニング・レコード」発行人）: テイラー・ホームズ
マック・マクレアリー: ロバート・キース

クレジットには記載されていませんが、ホワイト警部補役でカール・マルデン、ハーヴェイの助手役でウィリアム・チャーリー、そして後に高名な劇作家となるアーサー・ミラーが容疑者の一人として出演しています。マック・マクレアリー役のロバート・キースの息子であり、当時はまだ無名だったブライアン・キースもエキストラとして本作に参加しています。なお、本作には1970年4月11日に放送された『土曜映画劇場』にて、城達也、寺島信子、富田耕生、田中信夫、島宇志夫らによる日本語吹き替え版が存在します。

評価と受賞

本作は批評家から高い評価を受け、監督のエリア・カザンは同年に監督した『紳士協定』と共に、ニューヨーク批評家協会賞の監督賞を受賞しました。また、日本の映画雑誌『キネマ旬報』のベスト・テンでも第8位に選出されるなど、国内外でその質が認められています。

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