思想犯保護観察法

思想犯保護観察法とは

思想犯保護観察法は、1936年（昭和11年）に制定された、思想犯を監視・更生するための日本の法律です。この法律は、治安維持法違反で逮捕されたものの、執行猶予や起訴猶予となった者、仮釈放者、満期出獄者を対象としていました。思想犯に対する保護観察制度は、再教育と監視を目的としており、19世紀のアメリカ発祥の犯罪者保護観察制度を、思想犯に適用した世界初の事例です。

法成立の背景

1936年2月、二・二六事件で斎藤実元首相が暗殺され、岡田内閣が総辞職しました。その後、廣田内閣が成立し、その時期にこの法律は制定されました。当時、枢密院議長は平沼騏一郎、検事総長は光行次郎、大審院長は池田寅二郎、警視総監は石田馨という顔ぶれでした。この法律は、治安維持法違反者を再び罪に犯させないために、思想・行動を監視し、保護するという名目で、刑事政策の一環として導入されました。

制度の概要

思想犯の保護観察は、思想輔導官や思想保護司が担当し、保護観察審査会が保護観察の必要性や期間を審査しました。全国22箇所に保護観察所が設置され、対象者は保護司、保護者、または寺院や教会などに委託され、私生活まで監視されました。東京府では渋谷区千駄ヶ谷に、大阪府では大阪市北区に保護観察所が設置され、多くの保護司が活動していました。朝鮮半島でも、同様の制度が朝鮮思想犯保護観察令によって実施されました。

法案の成立過程

1934年、1935年の治安維持法改正が失敗し、予防拘禁制度の導入が不可能になったため、転向政策を推進するための法的基盤として、思想犯保護観察法が作成されました。当初は「保護観察」と「予防拘禁」の両制度が提案されましたが、「予防拘禁」への反対が強く、「保護観察」の適用範囲を広げる形で法案が修正されました。この制度の立案者である森山武市郎は、この法律が「威嚇弾圧」ではなく「保護指導」を目的としていると強調しましたが、実際には監視と統制が強化されました。

法案では、保護観察の決定権を検事ではなく保護観察審査会に与え、観察対象者の通信、居住、交友を制限できるようにしました。また、保護観察の期間は原則2年間と定め、更新も可能とされました。この法律は、思想転向者の再犯防止と非転向者の転向促進を目的としており、内務省は当初反対していましたが、森山の説得により最終的に賛成に転じました。議会では加藤勘十が反対しましたが、原案通り成立しました。

転向政策と「日本精神」

思想犯保護観察法の成立に伴い、転向判断基準は厳格化され、転向者には「日本精神」が求められるようになりました。森山は転向を五段階に分類し、第四段階を一応の目標としましたが、「日本精神」の定義は曖昧なままでした。この曖昧さが、共産主義以外の思想弾圧にもつながりました。思想検事は、思想の排斥を一般国民にも広げようとしました。転向判断はさらに厳格化され、転向者は戦地の宣撫班として宣伝活動に協力させられました。1941年には、「過去の思想を清算し、日常生活裡に臣民道を躬行している」者のみが転向と判断され、それ以外は予防拘禁に回されました。

保護観察所の実態

1936年11月1日、東京・大阪などの控訴院所在地に保護観察所が設置されました。東京保護観察所は全国の対象者の約3分の1を管轄し、平田勲が所長に就任しました。保護観察所の運営は思想検事が主導し、民間の保護事業団体、寺院、教会、病院も関与しました。

思想犯保護観察制度は、「保護」と「観察」の二面性を持つとされましたが、実際には「観察」が重視され、思想統制と国家への忠誠を強要するものでした。当初は「保護」重視の姿勢を示していましたが、支那事変以降は「観察」が主体となり、1940年頃には「観察」の重要視が決定的に強まりました。

廃止

1945年（昭和20年）、「ポツダム」宣言の受諾に伴い、この法律は廃止されました。

まとめ

思想犯保護観察法は、思想犯の監視と更生を目的とした法律でしたが、実際には思想統制を強化し、戦時体制下における国民の思想を画一化する役割を果たしました。この法律の運用は、制度本来の目的から大きく逸脱し、国民の自由と権利を侵害する結果となりました。

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