悔返

悔返し（くいかえし）とは

悔返しとは、中世日本において、一度和与や寄進などによって財産の所有権が移動した後、元の所有者またはその子孫が、その財産処分を無効として取り戻す行為を指します。この行為を可能にする権利を悔返し権といい、中世社会における財産権や家族関係を考える上で重要な概念です。

歴史的背景

平安時代の公家法では、原則として悔返しは認められていませんでした。しかし、教令違反や不孝といった、律令法における廃嫡に相当する重大な罪が子孫にあった場合には、例外的に悔返しが認められるとする異説も存在します。一方、鎌倉時代に入ると、公家法でも子孫に対する悔返しが一定の条件下で認められるようになりますが、親の保護下にない既婚女性への譲与分の悔返しは禁止されるなど、厳しい制約がありました。特に、財産を受け取った者が第三者に譲渡した場合（他人和与）は、いかなる場合でも悔返しは認められませんでした。

これに対し、武家法では惣領の親権を重視する立場から、寺社への寄進を除いて悔返しが広く認められました。御成敗式目では、親が子に譲渡した所領の悔返しは自由に行うことができ、たとえ幕府から安堵された所領であっても例外ではありませんでした。ただし、外孫（娘の子）に対する悔返しは、証文や所領の実態によって判断されるなど、慎重な対応がとられました。

文永4年（1267年）には、他人和与そのものが禁止され、また、離婚した妻への悔返しが一定の条件下で認められるようになりました。さらに、当初は認められていなかった兄弟や甥姪に対する悔返しも、本主に対する背信行為があった場合や、正応3年（1290年）には全面的に認められるようになりました。ただし、自己の子孫以外への悔返しには幕府の許可が必要でした。寛元元年（1243年）には、幕府の許可を得ずに悔返しを行った者が所領の一部を奪われる事例もありました。また、悔返しの権利がある親であっても、後日の紛争を避けるために、譲渡の際に作成する譲状や処分状に悔返しの要件を定めることもありました。親が悔返しを行った場合には、事後に幕府への報告義務があったと考えられています。

このような規定は、鎌倉幕府が御家人に課していた御家人役を円滑に行うために、惣領を中心とした家族の結束を強め、財政基盤を安定させる必要があったためと考えられます。つまり、惣領の権限を強化し、御家人の所領分散による困窮を防ぐことを目的としていました。

南北朝時代に入ると、公家法も武家法と同様に悔返しを広く認める方向に転換しました。これは、公家の間でも所領の分散を避け、嫡子に相続させるという武士と同様の相続形態が広まったことが影響しています。なお、寺社への寄進については、神仏に捧げられたものは悔返しの対象にはならないという考え方が確立し、中世における重要な法原則となりました。

悔返しの意義

悔返しは、中世社会における財産権のあり方や、家族関係における親の権限を象徴する制度でした。また、武家社会においては、惣領の権限を強化し、家としてのまとまりを維持するための重要な手段でもありました。

現代への影響

現代の法律では、悔返しのような制度は存在しません。しかし、山本七平の著書で紹介されたように、この制度がもたらしたであろう効果について議論されることもあります。特に、高齢者の財産管理や相続問題との関連で、興味深い考察の対象となっています。

参考文献

鈴木英雄「悔返」（『国史大辞典 4』吉川弘文館、1984年）
笠松宏至「悔返」（『日本史大事典 2』平凡社、1993年）
宮崎健司「悔返」（『平安時代史事典』角川書店、1994年）
長又高夫『日本中世法書の研究』（汲古書院、2000年）

関連項目

リア王
相続
家督
贈与
* 山本七平

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