手袋を持つ男 (ティツィアーノの絵画)

ティツィアーノの傑作『手袋を持つ男』

イタリア・ルネサンス期を代表する画家、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1520年から1522年頃に制作した油彩画『手袋を持つ男』は、彼の初期の肖像画の中でも特に重要な作品の一つです。この作品は、その卓越した技巧と人物描写により、現在も多くの人々を魅了し続けています。パリのルーヴル美術館に所蔵されており、その深い歴史と芸術的価値は計り知れません。

歴史的背景

この絵画は、元々マントヴァのゴンザーガ家のコレクションに収められていました。その後、1627年にイングランド王チャールズ1世によって購入されましたが、王の処刑後に競売にかけられ、ケルンの銀行家エバーハルト・ジャーバッハの手に渡ります。最終的にはフランス王ルイ14世のコレクションとなり、1792年にヴェルサイユ宮殿からルーヴル美術館へと移されました。この変遷からも、作品が辿ってきた歴史と重要性が伺えます。

モデルの謎

絵画に描かれているのは、薄髭を生やした20歳前後の若い貴公子です。しかし、その人物が誰であるかは明確に特定されていません。一説には、1527年にピエトロ・アレティーノがフェデリーコ2世・ゴンザーガに宛てた手紙で言及されている、ジェノヴァ貴族で神聖ローマ皇帝カール5世のヴェネツィア大使であったジロラモ・アドルノではないかと考えられています。また、フェデリーコ2世のヴェネツィアにおける代理人ジャンバッティスタ・マラテスタであるという説や、1523年に16歳であったフェランテ・ゴンザーガであるという説もあります。これらの説は、いずれも確証には至っておらず、モデルの謎は今も解明されていません。

作品の特徴

この絵画は、黒い背景を背に、男性が4分の3正面を向いている姿を描いています。ティツィアーノは、人物を暗い空間に配置し、顔と両手に光を当てることで、その存在感を際立たせる独自の技法を用いています。モデルの男性は、左腕を膝に置き、視線は画面左側のどこか一点を捉えています。彼の右手は、当時流行していた手袋を指し示しているようです。彼は、同じく当時流行していた幅広の上着と白いシャツを身に着け、その洗練された装いが目を引きます。

また、男性の左手は手袋をはめており、もう一つの革手袋を持っていることから、当時の紳士にとって手袋が重要なファッションアイテムであったことが分かります。右手には富裕さを示す金の指輪が光り、胸元にはサファイアと真珠が連なるネックレスが輝いています。これらの描写は、モデルの富と地位を如実に物語っています。

大衆文化との関わり

『手袋を持つ男』は、大衆文化にも影響を与えています。フレッド・セイバーへーゲンのSF短編『芸術の庇護者』では、宇宙戦争後の世界で、人間の芸術家と機械が芸術の価値を議論する際に、本作が登場します。また、アルベール・カミュの小説『幸福な死』では、登場人物の一人であるエリアーヌが、自身をこの絵画のモデルに重ね合わせ、部屋に複数の複製を飾っているという描写があります。

まとめ

『手袋を持つ男』は、ティツィアーノの卓越した肖像画技術と、ルネサンス期の貴族社会の姿を捉えた傑作です。モデルの謎や作品が辿ってきた歴史、そして大衆文化への影響など、多くの興味深い要素を含んでいます。この作品は、単なる肖像画を超え、時を超えて人々の心を捉え続ける不朽の名作と言えるでしょう。

参考文献

前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9　ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
中山公男・佐々木英也責任編集『NHKルーブル美術館IV ルネサンスの波動』、日本放送出版協会、1985年刊行　ISBN 4-14-008424-3
Rosand, David (1978). Titian. Library of Great Painters. New York: Harry N. Abrams. 126–27. ISBN 0-8109-1654-1

外部リンク

ルーヴル美術館公式サイト、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『手袋を持つ男』 (フランス語)

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