押井版ルパン三世

押井版ルパン三世：幻の劇場版アニメ

1985年夏、公開予定だった押井守監督による『ルパン三世』劇場版アニメ。宮崎駿監督が前作に続き監督を依頼されたものの辞退、その代わりに宮崎監督が押井守監督を推薦したことで実現する運びとなりました。押井監督の異色の経歴と、当時東京ムービー新社社長だった藤岡豊氏の『うる星やつら』での押井監督への評価の高さが、この異例の監督起用を短期間で決定づけたと言われています。宮崎監督は、高度経済成長期には通用した「お宝」という概念が、豊かになった現代では成立せず、ルパンというキャラクターも時代遅れだと考えていました。そのため、『カリオストロの城』ではルパンに少女の心を盗ませるという演出を取り入れました。押井監督も同様の考えを持ち、ルパンというキャラクターに終止符を打つべく、衝撃的な結末を脚本に織り込みました。

企画頓挫の経緯

押井監督は、現代社会だからこそルパンが必要だと考え、若手アニメーターたちに協力を呼びかけました。そして、『アニメージュ』誌上で制作過程を連載するなど、意欲的に企画を進めていきました。しかし、押井監督が構想した脚本は、ルパンを子供も楽しめる娯楽作品と捉えていた読売テレビと東宝のプロデューサーから強い反発を受けました。「ルパンは存在しなかった」という衝撃的な結末、ルパンの動きが少ないこと、アクションシーンが少ないことなど、様々な点で意見が衝突。営業面でも厳しいという判断が下され、企画は難航しました。別の脚本家の起用も提案されましたが、押井監督は自身の脚本に固執し、最終的に降板することになります。これにより、長年の構想を費やした『押井版ルパン三世』は、脚本段階で頓挫しました。集められたアニメーターたちも、1カットも描かずに解散しました。この出来事は、押井監督にとって大きなショックとなり、しばらく立ち直れないほどの精神的ダメージを与えたと言われています。

押井作品への影響

押井監督が『押井版ルパン三世』で目指していたのは、建築や都市環境を克明に再現した美術設定による新たなアニメ表現でした。そのため、建築の勉強や資料集めにも力を入れていたそうです。この企画で構想された様々な設定やモチーフは、後の『天使のたまご』『機動警察パトレイバー the Movie』など、押井監督の代表作の数々に受け継がれています。押井監督自身も、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊|GHOST_IN_THE_SHELL___攻殻機動隊』でようやくルパンというキャラクターを克服できたと語っています。その後、2000年には新作ルパンの監督オファーを受けたものの、押井監督はこれを断りました。「主人公の腕毛が気に入らない」という冗談めかした理由とともに、現代社会ではルパンのようなキャラクターは成立させられないという本音を漏らしています。しかし、ルパンの存在意義や原爆といったテーマは、2008年のOVA『ルパン三世 GREEN vs RED』にも通じるものがあります。そして2021年、『ルパン三世 PART6』のゲスト脚本として、押井監督が4話と10話を担当したことで、40年近くの時を経て、押井監督とルパン三世の因縁に新たな章が加えられました。

構想の流用と予定されていたストーリー

『押井版ルパン三世』の構想は、後の押井監督作品にも様々な形で流用されています。たとえば、ルパン三世シリーズのキャラクターが登場するものの、峰不二子が他のキャラクターと最後まで会わないという設定は、『機動警察パトレイバー the Movie』の虚構性を明らかにする刑事の役割として使われています。主人公の不確定性、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊|GHOST_IN_THE_SHELL___攻殻機動隊』、東京の壊滅、『機動警察パトレイバー 2 the Movie』、クライマックスでのバベルの塔、『機動警察パトレイバー the Movie』の箱舟描写など、多くの要素が後の作品に活かされています。また、2012年のアニメ映画『009 RE:CYBORG』にも、当初の構想の一部が流用されています。


押井監督が語った『押井版ルパン三世』の予定されていたストーリーは、狂気の建築家が東京にバベルの塔を建設し、完成当日に自殺するというもの。ルパンと次元は、謎めいた依頼を受けてこの塔に潜入します。依頼の内容は「天使の化石」の窃盗で、それは実は原子爆弾でした。物語は、ルパンがフェイクであり、最初から存在しなかったという衝撃的な結末で終わる予定でした。

予定されていたスタッフ

監督：押井守
脚本：押井守、伊藤和典
アート・ディレクション：天野喜孝
美術監督：小林七郎
画面構成：金田伊功
キャラクターデザイン・作画監督：加藤茂
原画：森山ゆうじ、山下将仁、北久保弘之、森本晃司、庵野秀明
演出助手：片山一良


『押井版ルパン三世』は、実現しなかったものの、アニメーション史上に残る幻の作品として、その影響は計り知れません。押井守監督の独特の視点と、それを実現しようとした熱意は、後の作品群に深く刻まれています。

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