擬死

擬死（タナトーシス）とは

擬死（ぎし、タナトーシス）とは、動物が外敵に襲われた際に、意図せず死んだように動かなくなる反応です。これは、俗に「死んだふり」や「死にまね」と呼ばれる行動と混同されがちですが、実際には意識的な行動ではなく、反射的な反応です。日本ではタヌキの擬死から「狸寝入り」、英語では「playing possum（ポッサムの真似）」という表現があります。

捕獲された後に動かなくなる状態は接触後不動と呼ばれます。一方、人間が動物に「死んだふり」を教え込んだり、強制的に「死ぬ演技」をさせる行為は動物催眠と呼ばれます。これらの行動は、捕食者から身を守るための生存戦略の一環と考えられています。

擬死の状態

擬死の状態は、動物の種類によって様々です。昆虫では、手足を縮めて体に密着させるものや、手足を硬直させるものが見られます。いずれの場合も、体は硬直し、外部からの圧力では容易に変形しません。一方で、体の力を抜いて動かなくなる場合もあります。

動物によっては、体温、心拍数、呼吸数を低下させ、死臭や体液を分泌して捕食者に感染症を警戒させることもあります。この生存戦略は、獲物を捕らえる際や求愛活動にも利用されます。

通常、しばらくすると体の末端から動き始め、最終的には移動を開始します。

擬死を行う生物の例

昆虫

擬死は、ナナフシ、カメムシ、ハムシ、コガネムシ、ゾウムシ、コメツキ、タマムシなど、多くの昆虫で確認されています。特にコウチュウ目に多く見られます。

その他の無脊椎動物

クモ、ヤスデ、カニの一部などでも擬死に似た状態が観察されます。ミジンコにも擬死が確認されています。

哺乳類

キタオポッサムは、擬死行動で有名で、死んだふりをすると同時に、死臭を放ちます。モルモットやウサギでも擬死が見られます。

鳥類

鳥は、お腹を上にしてひっくり返すと擬死状態になることがあります。ニワトリが地面に引かれた線を見つめ続ける現象も擬死の一種と考えられています。

爬虫類

ヘビやトカゲの一部でも擬死が確認されています。シシバナヘビは、嫌な臭いを放ち、血を吐いて死を偽装します。

両生類

カエルは、ヘビに見つからないように、または見つかった後に逃げるために一時的に動かなくなることがあります。スズガエル科には、捕食者に警戒色を見せる種もいます。

魚類

サメなどの軟骨魚類も、お腹を上にしてひっくり返すと擬死状態になります。サメの卵の中の幼生は、捕食者の電界を感知すると動かなくなることがあります。また、一部の魚は、腐肉食の魚をおびき寄せて捕食するために擬死を利用します。

接触後不動

猫が首根っこをつかまれるとおとなしくなるように、魚類（キンギョ、メダカ、マスなど）は背中をつかまれると動きを止めます。アリジゴクなどの昆虫も、鳥に捕まった際に動きを止めることがあります。このように捕食者に捕獲された後に動かなくなる状態を接触後不動と呼びます。

特殊な例

ヨーロッパキシダグモは、メスがオスを捕食するために巣に持ち帰る際に、オスが死んだふりをすることがあります。この場合、死んだふりをする方が交尾の成功率が高いことが研究で示されています。

擬死の研究

擬死に関する最初の報告は、1883年にチャールズ・ダーウィンによってなされました。その後、ジャン・アンリ・ファーブルが『ファーブル昆虫記』でゴミムシダマシの擬死を観察しました。昆虫では、トゲヒシバッタが脚の突起物を突き出して硬直する擬死が知られており、これによりトノサマガエルによる捕食をほぼ完全に回避できます。

実験では、コクヌストモドキとアダンソンハエトリを用いた研究で、擬死がある程度の捕食回避効果を持つことが示唆されています。ハエトリがコクヌストモドキを攻撃しても、コクヌストモドキが動かないことで攻撃が止む場合が多いです。

カエルがヘビに見つめられると固まる行動も、生存戦略の一環です。これは、ヘビが動くものしか見つけられない、または膠着状態によって他のカエルが助かる可能性がある、などの理由によるものです。

擬死の利点

擬死は、捕食者から身を守るための反射的な行動です。動物は無理に抵抗する代わりに、体を動かなくすることで、捕食者が油断するのを待ちます。

擬死のメカニズム

擬死は、動物が自らの意志で行うのではなく、刺激に対する反射行動です。拘束刺激は擬死を引き起こす要因の一つであり、カエルやハトを強制的に仰向けにすると不動状態になります。

イワン・パブロフは、擬死のメカニズムを「不自然な姿勢に戻ろうとした際に抵抗にあい、その抵抗に打ち勝てない場合に、ニューロンの過剰興奮を静めるために超限制止がかかる」と説明しています。

擬死の利点

擬死を行うことによる利点として、身体の損傷の防止と捕食者からの逃避が挙げられます。捕食者に捕獲された際に無理に抵抗すると、疲労や怪我のリスクがありますが、擬死によって捕食者の注意をそらすことができ、逃げる機会をうかがうことが可能になります。

擬死の特徴

擬死中の動物は、ある姿勢を保持したまま不動になります。その姿勢は動物によって異なりますが、不自然な姿勢であることが多いです。

動物は外力によって姿勢を変えられると、すぐに元の姿勢に戻ろうとする抵抗反射を示しますが、擬死の状態ではこの抵抗反射が低下し、不自然な姿勢が維持されます。この現象をカタレプシーと呼びます。

擬死の持続時間は、甲虫類以外は数分から数十分程度で、突然覚醒します。擬死中の動物に機械的な刺激を与えると覚醒することがあります（甲虫類は擬死が長期化）。また、擬死中は呼吸数が低下し、刺激に対する反応も鈍くなります。筋肉は硬直しており、長時間同じ姿勢を維持できます。

まとめ

擬死は、多くの動物に見られる興味深い行動です。捕食者から身を守るための生存戦略であり、動物によって様々な形態が見られます。擬死のメカニズムや効果を理解することは、動物の行動を理解する上で重要な要素となります。

参考文献

西野浩史 著「4 擬死 - むだな抵抗はやめよう」、酒井正樹・日本比較生理生化学会 編『動物の生き残り術 - 行動とそのしくみ』
Miyatake T. et al. 2004. Is death-feignting adaptive? Heritable variation in fitness difference of death-feignting behaviour.
『広辞苑』（第5版）岩波書店

関連項目

戦うか逃げるか反応
凍結挙動（すくみ）
カタレプシー
無動症
気絶、冬眠、コールドスリープ、仮死状態
活け締め
偽装死

関連作品

熊と旅人 - イソップ寓話
ヘンリー四世 第1部 - シェイクスピアの歴史劇
* 三国志 (歴史書)

もう一度検索