教養小説

教養小説（Bildungsroman）とは

教養小説とは、主人公が人生における様々な経験を通して、内面的に成長していく過程を描いた小説のことです。ドイツ語のBildungsroman（ビルドゥングスロマーン）の訳語で、自己形成小説、成長小説とも呼ばれます。この概念は、ドイツの哲学者ヴィルヘルム・ディルタイが、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を中心に、類似した作品群を指す言葉として使用したことで知られるようになりました。

発祥と歴史

教養小説は、ドイツ市民社会の成立と、啓蒙主義の浸透の過程でギリシア思想を摂取したことによって人間形成（パイデイア）の概念が広まったことが背景にあります。絶えず「自己形成」を念頭においた小説が生まれ、こうした傾向を跡付けるために「教養小説」という言葉が生まれました。

「教養小説」の言葉は、長い間ディルタイがはじめて使用した言葉だと信じられていましたが、19世紀初頭の文芸史家カール・モルゲンシュテルンがすでにこの言葉を使用していたことが明らかになっています。モルゲンシュテルンは、講演で「この種の小説は、主人公の教養を、そのはじめからある程度の完成段階に至るまでの推移において描き、読者の教養を他のいかなる種類の小説よりも広く促進するがゆえに、教養小説と呼ばれる」と定義しています。

ディルタイは、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』とそれに連なる類似した形式の作品群に対して「教養小説」という語を用い、この語を有名にしました。そうしてディルタイ以後、『ヴィルヘルム・マイスター』以前のドイツの作品にも遡行的に「教養小説」の性質が見出されるようになりました。

ゲーテ以後の代表的な教養小説としては、ノヴァーリスの『青い花』、ヘルダーリンの『ヒュペーリオン』、シュティフターの『晩夏』、ケラーの『緑のハインリヒ』、トーマス・マン『魔の山』、ヘッセ『デミアン』などが挙げられます。

類義語

「教養小説」の類義語として、「発展小説」（独: Entwicklungsroman）といった言葉が用いられることもあります。「教養小説」との違いは曖昧で論者によって定義も異なりますが、例えばゲーテ以前の教養小説を発展小説と読んで区別したり、あるいは「教養小説」よりも教養形成の過程を重視したものをそのように呼んだりする場合があります。

日本の教養小説

日本では大正時代始めに、ドイツ語の「ビルドゥングスロマン」が「修養小説」と訳され、大正時代中期に「教養小説」と訳し直されました。そのため、個人が学問を修め品性を磨き高潔な人格を目指す「修養」と結びつき、教育と多く関係するようになりました。明治時代から近代社会になって以降は自由に地位を変えられようになり、若者、青年は、自分で自分の成長と進路を切り開く必要性が出てきたことが背景にあります。

坪内逍遥は『小説神髄』で、近代小説では人間の内的な心理過程も描くことを提唱し、個人とその精神の成熟を要求して教養小説への展開を一つの分野として準備している見解があります。日本での近代的な教養小説はこれらを背景にして出現しました。

日本の主要な教養小説としては、以下のような作品が挙げられます。

徳冨蘆花 『思出の記』
夏目漱石『三四郎』
森鴎外『青年』
下村湖人『次郎物語』
山本有三『路傍の石』

イギリスの教養小説

産業革命後のイギリスでは、貧しい地方出身の青年が都会またはロンドンへ進出して、様々な経験を通して苦闘しつつ成長し、自らのささやかな居場所を作り出すイギリスの教養小説が出現しました。これは18世紀からの英国ピカレスク小説を基盤にして発展させ、ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』の人間形成の主題を学び取り入れ、ルソー『告白』からの告白自伝小説の影響もあり成立しました。

イギリスの主要な教養小説としては、以下のような作品が挙げられます。

チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』、『大いなる遺産』
トマス・ハーディ『日陰者ジュード』
D・H・ローレンス『息子と恋人』
* サマセット・モーム『人間の絆』

教養小説は、主人公の成長を通して、読者自身の人生や生き方について深く考えさせられる魅力的な文学ジャンルです。

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