日吉町殿田

日吉町殿田（ひよしちょうとのだ）

京都府南丹市のほぼ中央に位置する日吉町殿田は、市が発足する以前は船井郡日吉町の一部でした。地理的には、淀川水系の最上流部に位置し、桂川（地元では大堰川とも称されます）の右岸および田原川沿いに集落が広がっています。古くから商店街が栄えた歴史を持つため、周辺の地域と比較すると農業従事者の割合が少ないことが特色として挙げられます。地域が掲げるキャッチコピーは「ダム湖がつなぐ交流の里」です。

この地は、南丹市中部の世木地区を構成する集落の一つです。世木地区の地形は、右手を広げた形に例えられることがあり、桂川本流を親指、中世木川、木住川、田原川、胡麻川をそれぞれ指に見立てると、これらの河川が合流する地点に殿田集落が形成されています。世木地区を構成する他の集落としては、中世木川沿いの日吉町中世木、木住川沿いの日吉町木住、木住川上流の日吉町生畑があります。かつて桂川本流沿いにあった日吉町天若と日吉町中の集落は、1972年に着工した日吉ダム建設によって水没し、廃村となりました。

地域内には、日吉町志和賀との境界にある「アチラ」や、日吉町中との境界にある「小道津」など、特徴的な地名が見られます。アチラは殿田住民によって開拓された新田であり、小道津はかつて日吉町中と殿田が一つの区域であった名残を示す地名です。殿田の面積は約3.406平方キロメートルで、南丹市内の161地域の中で54番目の広さです。

自然環境

殿田を流れる主な河川には、一級河川である桂川（大堰川）、中世木川、木住川、田原川、胡麻川があります。桂川は淀川水系の一級河川で、殿田東部を流れており、かつては様々な名称で呼ばれました。田原川は殿田集落を流れ、地域の一部で水道水源としても利用されています。胡麻川は日吉町胡麻方面から流れ込み、殿田小学校前で田原川と合流しています。河川環境基準では、桂川の一部区間や田原川が良好な水質を示すA類型に指定されています。

殿田の地内には、大向山（標高357m）や城山（標高285m）、行者山、前山、旭山、上ノ山、小牧山といった山々があります。ほとんどの山林は地域森林計画の対象となっています。特に大向山や小牧山、城山などは保安林に指定されています。大向山ではかつて珪石の採掘も行われていました。

地質は秩父古生層に属し、多様な岩石で構成されています。大堰川の河床には、比較的深い海底での噴火活動を示す「殿田型」と呼ばれる特徴的な緑色岩類が見られます。年代測定では約3億3400万～3億3900万年前の地質であることが分かっています。

殿田活断層（殿田断層）は、殿田付近を含む約15kmにわたって確認されており、西北西方向に連続し、北側隆起と左ずれ変位が特徴です。過去の活動履歴調査により、直近の活動が紀元前395年から紀元後100年の間に発生したことや、約1万1000年間に3度の活動があったことが判明しています。日吉ダム建設で水没した世木林地区で見られた断層崖は、京都府レッドデータブックでは「消滅」とされていますが、その標本などはダムのインフォギャラリーで展示されています。

気候は山陰内陸性気候に属します。夏は高温多湿で降水量が多い太平洋側気候の特徴と、比較的涼しく昼夜の寒暖差が大きい高原的気象を示します。冬は内陸性気候による冷え込みや日較差が大きい一方で、日本海側気候の影響で降雪や積雪も見られますが、丹波北部と比べると比較的温暖です。

植生としては、桂川沿いの平地に水田雑草群落が広がり、特定外来生物なども確認されています。山林の多くはスギ・ヒノキの植林ですが、大向山には京都府レッドデータブックで管理維持が求められているアベマキ群落も存在します。町の木であったスギや町の花であったツツジも多く見られます。

河川や山には多様な生物が生息しています。魚類ではキタノメダカやミナミメダカ、オヤニラミなどの在来種が確認されています。由良川水系の魚が見られるのは、かつて川の流れが日本海側に向かっていた地殻変動の名残とされています。日吉ダム完成後は、生息環境の変化に伴い魚類の種類や増減傾向に変化が見られます。底生動物、鳥類、両生類、爬虫類、陸上昆虫類、哺乳類なども確認されており、多様な生態系が維持されています。

歴史と文化

殿田の歴史は古く、奈良時代の大宝律令で田原郷の一部となり、平安時代には世木庄の一部であったとされています。南北朝時代の古文書にはすでに「殿田」の名が登場します。江戸時代には園部藩領となり、水運による繁栄で発展しました。明治維新後、世木村、日吉町を経て、現在の南丹市日吉町殿田に至っています。

殿田は、古くから重要な交通結節点であり、特に筏流しが盛んに行われました。上桂川から伐り出された木材は殿田で大筏に組み替えられ、京都へ運ばれていました。殿田は筏問屋が置かれた中継地の一つとして栄えましたが、鉄道やトラック輸送の発達により衰退しました。かつては殿田から嵯峨まで約30kmの区間で船運も行われ、当地の産品が京へ運ばれていました。大堰川開削事業により船運が発展し、殿田は人口が増加し町場として発展しました。

地域には、世木城（湯浅家の屋敷・砦跡とされる）や殿田城（明智光秀築城伝承のある砦跡）といった城郭跡も残されています。殿田城跡には堀切などの遺構が見られます。

また、殿田は能楽・猿楽の梅若家にゆかりの深い地です。梅若家の祖先は丹波に移り住み、室町時代に猿楽を始めました。梅若家は代々、徳川家の能楽師を務め、殿田にはその屋敷跡や旧墓所、菩提寺である曹源寺が残されています。屋敷跡には古井戸があり、墓所には始祖の碑が建てられています。

近代の出来事としては、1941年に発生した「殿田の大火」があります。機関車の火の粉が原因とされるこの火災では、当時の家屋の多くが焼失し、大きな被害をもたらしました。この経験から、地域では防火対策の義務化などが行われ、教訓を伝える「貽訓石」や「語りべ人形」が作られました。

1972年に着工した日吉ダム建設は、地域の歴史に大きな影響を与えました。日吉ダムによって水没する集落や隣接地の住民が、殿田の一画を含む各地に移転しました。移転後も、日吉ダム建設で生まれた天若湖を舞台にしたアートプロジェクトが行われ、地域の記憶を繋ぐ試みが続けられています。

現代の暮らしと社会

殿田の自治は、認可地縁団体である「殿田区自治会」が中心となって行われています。かつて殿田上区と殿田下区の二つの行政区がありましたが、2024年に統合され、自治会長が行政区長を兼務する体制となりました。自治会運営の見直しや、外部団体への業務委託など、新たな取り組みも行われています。特徴的な活動として、住民有志や外部団体も申請可能な公募型助成制度の導入や、施設のオンライン予約システム運用などがあります。地域内は複数の「組」（町）に分かれており、それぞれの単位でも自治活動が行われています。

殿田区自治会は、旧日吉町内の行政区長で組織される日吉町区長会や、旧世木村の範囲を対象とした世木地域振興会に加盟しています。また、子ども会、消防団、防犯協会、地域安全活動を行う殿田セーフティネット、農業団体（大向営農組合、殿田農家組合）、地域美化活動を行う花きや花ぼくを育てる会、高齢者支援を行うバンジー企画、住民共助の殿田おたすけ隊、ゲートボール同好会、演劇集団の劇団 殿田の案山子、歴史保存団体の殿田の歴史を考える会、世木の伝統芸能を守る会など、様々な地縁由来の団体が活動しています。

交通面では、JR山陰本線が地域を通り、日吉駅（かつての殿田駅）が最寄り駅となります。道路網としては、主要地方道である京都府道園部平屋線や京都日吉美山線などが通っており、一部区間は「丹波梅若の道」として親しまれています。地域内には市営バスや山一サービスの路線バスが運行しています。

地域には、南丹市日吉殿田活力倍増センター（住民からは「とーくほーる」と呼ばれる中心施設）、南丹市日吉産業振興会館、交流広場である南丹市日吉殿田コミュニティ広場、南丹市日吉体験の森、南丹市日吉殿田運動場（旭山グラウンド）などの公共施設があります。水道施設としては殿田浄水場があり、地域の一部に給水しています。また、農業用水関連施設として大西堰や勝貫隧道などがあります。

教育施設としては、南丹市立殿田小学校と南丹市立殿田中学校があります。放課後児童クラブも小学校内に設置されています。かつて殿田には様々な学校が置かれ、知新校や世木尋常小学校、実業補習学校などが地域の教育を担いました。

産業としては、水田を主とする農業や林業が行われています。かつては「世木の千把」と呼ばれる薪の生産が盛んでした。漁業権は大堰川漁業協同組合が有しており、アユやウナギなどの放流が行われ、禁漁期間や体長制限が定められています。

文化・信仰

殿田には、地域の氏神である日吉神社や、日吉ダム建設に伴い移転してきた天稚神社、高野山真言宗の成就院（神光寺）、梅若家の菩提寺である曹源寺などの社寺があります。日吉神社は近江の日吉大社から分霊を勧請した歴史ある神社で、小牧山観音堂などの摂末社も境内にあります。成就院は古くからの寺院で、裏山には新四国八十八ヶ所霊場があり、地域住民から「日ノ寺」として親しまれています。曹源寺には水天宮や力士・朝霧の塔などが鎮座しています。

地域には「クサガミさん」と呼ばれる薬王菩薩を祀る祠や、組単位の神社（天神宮社、若宮八幡神社）、街角の地蔵なども点在しており、多様な信仰が息づいています。かつては、ヴォーリズ設計による丹波基督教会殿田会堂もあり、地域の文化に影響を与えました。

殿田には、劇団「殿田の案山子」による演劇活動や、小学校での能楽体験など、芸能活動も盛んに行われています。これは、かつて地歌舞伎や謡などが盛んだった地域の伝統を受け継ぐものです。

年間を通して様々な行事が行われています。大晦日や元旦の参拝、1月15日のとんど、5月8日のようかび（灌仏会）、夏休みのラジオ体操、8月の施餓鬼や大般若法要、地蔵盆、12月の大祓いなどです。かつては、日待講、厄神祭、盆踊り、湯立て神事など、様々な行事が行われていましたが、時代の変化とともに廃れたものもあります。

地域には、大道法師の足跡、仏坂の阿弥陀石、怪力で知られた世木の関助にまつわる逸話、孕み猿の祟りと猿の禁猟の伝承、梅若の井戸が城の抜け穴であるという話、継岩やカナゴ岩にまつわる白大蛇や白鯰、スッポンの伝承など、興味深い伝承が語り継がれています。

防災・インフラ

殿田を含む地域では、AEDや公衆無線LAN、公衆電話などの防災・通信インフラが整備されています。災害時には、殿田小学校や殿田中学校などが収容避難所に指定されており、一時避難所や自主避難所、福祉避難所も近隣に複数確保されています。原発事故発生時にも、殿田の学校施設が広域避難者を受け入れる収容施設として指定されています。

防災行政無線が整備されており、災害情報などが住民に伝えられます。火災や水害発生時にはサイレン吹鳴も行われます。特に日吉ダムが放流を行う際には、地域に設置された警報局からサイレンや放送による周知が行われます。府道の一部区間では、落石や土砂崩落の危険性から、連続雨量に応じた事前通行規制が設けられています。

地域には、水質や雨量、水位などを観測する地点が複数設置されており、河川防災カメラによる映像配信も行われています。

その他の活動と指定区域

南丹市立殿田小学校では、児童による田原川の清掃活動が毎年行われており、地域住民も参加しています。この活動は高く評価され、学校が表彰されています。また、天若湖を龍に見立て、地域資源の保持と活用を目指す「龍の森プロジェクト」や、桂川流域の清掃活動を行う「桂川流域クリーン大作戦」といった環境保全活動も実施されています。

地域の一部は土砂災害警戒区域や急傾斜地崩壊危険区域に指定されています。また、水防法に基づき、田原川の一部区間が重要水防区域に指定されています。

地域指定としては、都市計画区域外、財産評価基準の倍率地域、大野晃提唱の準限界集落に区分されています。公共交通利用環境としては公共交通不便地域ですが、有償運送の事業区域となっています。移住促進特別区域や命の里地区にも指定されており、農家民宿に関する規制緩和措置なども適用されています。

かつてこの地を舞台にした芝居や映画が盛んに行われていた歴史があり、近年も地域をロケ地とした映画が制作されています。

殿田は、豊かな自然環境と歴史、文化に彩られた地域であり、住民による様々な活動が活発に行われています。「ダム湖がつなぐ交流の里」として、その特色を生かした地域づくりが進められています。

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