普遍史

普遍史とは

普遍史（ふへんし、英: universal history）とは、人類の始まりから現代に至るまでの全人類の歴史を、一つの連続した物語として叙述しようとする歴史観、またはそのように記述された歴史書のことです。特定の地域や民族の歴史に限定されず、全世界を対象とするのが特徴です。

キリスト教的普遍史の成立

キリスト教的普遍史は、聖書の記述に基づいて構成された世界史観です。天地創造に始まり、最後の審判で終わるという、未来を含む有限の時間軸を範囲とし、空間的には全世界を包含します。その根底には、神による人類の教育と救済という目的があり、直線的な時間軸に沿って進む進歩史観が特徴です。

宗教学者のミルチャ・エリアーデによると、古代文明では歴史は循環的なものと考えられていましたが、ユダヤ教やキリスト教は、歴史を直線的・不可逆的なものとして捉えました。この思想は、救済史観と結びつき、普遍史の重要な要素となりました。

旧約聖書には、神と契約を結んだイスラエルの民が背教を繰り返すため神罰を受けるも、悔い改めれば再び繁栄を取り戻すという物語が描かれています。しかし、現実には苦境が続いたため、救済を待望する黙示録的な終末論が形成され、天地創造から最後の審判までの過程が直線的・進歩的かつ終末論的な歴史観として確立しました。

トマス・マン、カール・レーヴィット、ルドルフ・カール・ブルトマンらは、普遍史が西欧文明における現代的歴史観の形成に大きな影響を与えたと指摘しています。また、紀元を導入し、時間に対する概念の変革をもたらしたことも評価されています。

普遍史の構成

普遍史は、聖書の記述に基づいて大きく四つの時期に区分されます。

第一期：天地創造からノアの箱舟

神による天地創造、アダムとイヴのエデンの園追放から人類の歴史が始まります。旧約聖書「創世記」には、アダムからノアに至るまでの直系の子孫の年齢が詳細に記述されています。神が人類の悪行に怒り、大洪水を起こしたことにより、人類はノアとその家族から再出発することになります。

第二期：ユダ王国の滅亡まで

大洪水後、ノアの息子たち（セム、ハム、ヤペテ）から人類が再び広がります。セムの子孫アブラハムは神の召命を受け、ヘブライ人の祖となります。モーセによるエジプト脱出、十戒の授与、イスラエル王国の創立、ユダ王国の分裂と滅亡などが描かれます。この時期は、ヘブライ人の歴史を中心に、エジプト、アッシリア、カルデアといった周辺民族との関係が記述されます。

第三期：四世界帝国

預言書「ダニエル書」に基づいて、未来の預言が語られます。カルデア（新バビロニア）、メディア、ペルシア、ギリシアの四つの世界帝国が興亡し、最後に神の国が現れるという黙示録的な内容が展開されます。

第四期：終末の到来

新約聖書「ヨハネの黙示録」に基づいて、終末の様子が描写されます。7つの封印が解かれ、天使がラッパを吹き鳴らし、天変地異が起こります。赤い竜や獣、大淫婦などが登場し、最終的にキリストが再臨し、千年王国が実現します。最後の審判の後、選ばれた人々は神の国に迎えられ、永遠の救済が約束されます。

普遍史の問題点と崩壊

普遍史は、聖書の記述が他民族の歴史をも説明可能であるという前提に基づいて成立しました。しかし、大航海時代や啓蒙思想の発展、科学の進歩などにより、多くの矛盾が明らかになり、その正当性は揺らぎ始めます。

例えば、カルデアやエジプトの古代史は、聖書の記述よりも古い時代に遡ることが判明し、普遍史の年代観と矛盾しました。また、新大陸の発見は、聖書の記述にない新たな人類の存在を明らかにし、普遍史の世界観を大きく揺るがしました。

啓蒙思想家たちは、人間の理性を重視し、歴史を神の意思ではなく、人間の活動によって進歩するものとして捉えました。ヴォルテールは、ユダヤ教を排他的な宗教と断定し、普遍史を強く批判しました。

19世紀には、地質学や考古学の発展により、人類の歴史が聖書の記述よりも遥かに古いことが明らかになりました。ダーウィンの進化論は、生物の起源に関する従来の考え方を根本から覆し、普遍史の終焉を決定づけました。

普遍史の遺産

普遍史は、その普遍性を失ったものの、美術や文学などの芸術分野や、哲学などの思想分野に大きな影響を残しました。また、歴史を直線的に捉え、進歩史観を強調した点も、後の歴史学に影響を与えました。

現代の歴史学は、普遍史のような単一の物語ではなく、多様な視点から歴史を捉え、多角的な解釈を試みる傾向にあります。しかし、普遍史が提示した世界史の枠組みは、現代においてもなお、歴史を理解するための重要な視点の一つとなっています。

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