木食応其

木食応其：戦国乱世を駆け抜けた異才の僧

木食応其（もくじき おうご、1536年 - 1608年）は、戦国時代末期から安土桃山時代にかけて活躍した真言宗の僧です。武将から僧侶へという異色の転身を遂げ、外交、勧進、連歌など多岐にわたる分野で才能を発揮しました。特に豊臣秀吉の信頼が厚く、方広寺大仏殿の造営を任されたことで知られています。その生涯は、激動の時代を生き抜いた一人の男の軌跡として、多くの興味深い側面を私たちに伝えてくれます。

武将から僧侶へ

応其は近江国（現在の滋賀県）の出身とされ、出自については諸説あります。有力な説として、六角氏に仕える武将であった佐々木義秀の子であるとされています。織田信長との戦いで敗れ、その後、高野山で出家しました。38歳で高野山に入り、宝性院の勢誉から受戒し、応其と名を改めます。この時、十穀を絶つ木食行を行うことを発願したと伝えられています。応其は、学侶や行人、高野聖とは異なる「客僧」という立場でした。また、天下人から厚遇を受けた政遍からも戒を受け、仁和寺宮任助法親王より三部の大法を受け、阿闍梨にのぼったとされています。

秀吉との出会いと高野山復興

天正13年（1585年）、豊臣秀吉は紀州征伐の後、高野山に降伏を求めます。応其は、高野山の使僧として秀吉との交渉にあたりました。この時、秀吉と旧知であった説や、石田三成との関係が取り持った説などがあります。この出会いをきっかけに、応其は秀吉の信頼を得て、高野山の復興に尽力することになります。応其は、秀吉の支援を受けて金堂や大塔を建立し、高野山の再興に大きく貢献しました。また、興山寺を開基し、「興山上人」の号を賜りました。

大規模寺社造営の指揮

応其の才能は、寺社建築においても遺憾なく発揮されます。方広寺大仏殿の造営をはじめ、全国各地の寺社の造営・整備に携わりました。高野山では、金堂、西御堂、御影堂、宝蔵、御社拝殿、大門、看経所、安楽川経蔵、一切経蔵、大塔、上御主殿、勧学院室、南谷大師堂、興山寺、青巌寺、奥院灯籠堂などを手掛けました。また、京都では、方広寺、東寺、醍醐寺、清滝権現、安祥寺、誓願寺、清水寺、清凉寺、三十三間堂、平等院などの寺社建築にも携わりました。その他にも、石山寺、東大寺、室生寺、善光寺、厳島神社など、数多くの寺社の造営に携わり、その数は97にのぼるとされています。

応其は、数百人の大工を率いて寺社の大規模造営を指揮しました。豊臣政権の作事組織の一翼を担い、その卓越した能力で多くの寺社を復興させました。方広寺の造営では、「木食内衆」「御内」と呼ばれる奉行たちが応其を支え、造営事業を円滑に進めました。

秀次事件と晩年

文禄4年（1595年）の秀次事件では、豊臣秀次の切腹を阻止しようとしましたが、青巌寺での切腹を認めざるを得ない苦しい立場に立たされました。秀吉の死後は、後ろ盾を失い、青巌寺住職の座を勢誉に譲りました。関ヶ原の戦いでは、豊臣家との関係から開城交渉にあたりますが、西軍に通じたと疑われ、戦後は近江飯道寺に隠棲しました。慶長8年（1603年）には連歌の規則や作法を記した『無言抄』を出版し、慶長13年（1608年）10月1日、73歳でこの世を去りました。辞世の句は、「あだし世を めぐり果てよと 行く月の きょうの入日の 空にまかせん」です。高野山奥の院に近い場所に廟所があります。

人物像と後世への影響

応其は、身長が六尺余（約180cm）もあり、容姿堂々としていたと伝えられています。学問を好み、和歌を詠み、仏教を深く信仰しました。土木事業や溜池築堤にも長けており、その技術は近世の幕府治水技術流派である「紀州流」の原点となっている可能性も指摘されています。また、高野豆腐の製法を発展させ、現在の高野豆腐に近い製法を確立したとも言われています。応其は、豊臣秀吉や石田三成と親交があり、特に秀吉からは厚い信頼を得ていました。応其が所持していた『古今和歌集』の断簡は「高野切」と呼ばれ、その名は後世にまで伝えられています。応其の生涯は、戦国時代から安土桃山時代にかけての激動の時代を、その才能と行動力で駆け抜けた一人の僧の物語として、私たちに多くのことを教えてくれます。

関連作品として、火坂雅志の小説「木食上人」（『軒猿の月』収録）や、テレビドラマ『春の坂道』などがあります。また、応其寺や興山寺、飯道寺などの史跡が残されています。

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