村岡範為馳

村岡範為馳（むらおか はんいち）

明治時代を代表する物理学者の一人であり、近代日本の科学と教育の発展に多大な貢献をしました。嘉永6年（1853年）10月14日に因幡国（現在の鳥取県）で誕生し、昭和4年（1929年）4月20日に77歳で亡くなりました。日本人として初めて海外の学術誌に主要な研究論文が掲載され、また、初めて海外の大学で博士号を取得した人物としても知られています。さらに、国内で初めてX線写真の撮影に成功するなど、その業績は多岐にわたります。

生い立ちと教育

鳥取藩士で医師であった村岡秀造（太田静馬）の息子として生まれ、幼名は半之丞と名付けられました。父が勤める藩校・尚徳館で学び、若くして才能を示します。明治維新後の混乱期、明治3年（1870年）に藩からの命を受け、全国から集められた優秀な若者の一人、貢進生として上京。大学南校に入学します。その後、学制の変更に伴い東京開成学校に移り、新設された鉱山科に編入しました。明治8年（1875年）に学校を退学し、文部省に出仕。東京女子師範学校（現在のお茶の水女子大学）の教諭として勤める傍ら、物理学を独学で習得しました。

ドイツ留学と国際的な評価

明治11年（1878年）、師範学校教育の調査を目的とした欧米派遣団の一員としてドイツへ留学します。アルザス地方にあったシュトラスブルク大学で、著名な音響学者アウグスト・クント教授のもとで研究に励みました。また、クント教授の研究室には、後にX線を発見するヴィルヘルム・レントゲンが助教授として在籍しており、直接指導を受ける機会に恵まれました。留学中に村岡は、ホイートストンブリッジ法を用いて炭素材料の電気抵抗の温度による変化を詳細に調べ、その過程で熱電効果も観察しました。この研究成果をまとめ、ドイツの権威ある学術雑誌『アナーレン・デア・フィジーク』にドイツ語の論文として投稿。明治13年（1880年）に掲載されたこの論文は、日本人研究者による記念すべき初の海外学術雑誌掲載論文となりました。翌明治14年（1881年）には、この功績により日本人として初めて海外の大学から博士号（Ph.D.）を取得し、同年5月に帰国しました。

教育機関での貢献と学会活動

帰国後、村岡は旧東京大学医学部教諭に就任。明治16年（1883年）には日本の伝統的な工芸品である魔鏡に関する研究論文を発表し、これも海外誌に掲載されました。また、同年には教育者としての経験に基づき『物理学教授法』を執筆しています。明治17年（1884年）、東京数学会社が改組されて東京数学物理学会（現在の日本数学会と日本物理学会の前身）が設立されると、初代委員長に選出され、日本の学術団体の基礎を築きました。

明治21年（1888年）には第一高等中学校（後の一高）の教諭となり、再びドイツへ渡航する機会を得ます。このドイツ滞在中に、ハインリヒ・ヘルツによる電磁波発生実験に立ち会うという貴重な経験をしました。村岡はこの発見の重要性をいち早く認識し、当時ドイツに留学していた長岡半太郎にその情報を伝え、長岡による追試を促しました。これは、日本の電磁波研究の端緒となる出来事でした。

帰国後、第一高等学校教諭や女子高等師範学校校長心得を経て、明治24年（1891年）8月には東京音楽学校（現在の東京芸術大学音楽学部）の第2代校長に就任。ドイツで学んだ音響学の知識を活かし、奏楽堂の音響設計に関わるなど音楽教育にも深く関与しました。この時期に『俗楽旋律考』や『実験音響学及音楽理論』といった音響学関連の著作を発表しています。また、同年には魔鏡の研究論文により、日本人初の論文による国内理学博士号を取得するという快挙を成し遂げました。

X線と放射線の研究

明治26年（1893年）、第三高等学校（現在の京都大学の一部）の教授に転じます。その2年後、かつての師であるレントゲンがX線を発見したという知らせが入ります。村岡はこの世紀の大発見に強い関心を持ち、ドイツ留学中の長岡半太郎を通じて詳細な情報を入手しました。三高では実験に必要な設備が十分でなかったため、村岡は島津製作所の島津源蔵 (2代目)と協力し、X線の追試実験を開始。そして、明治29年（1896年）10月10日、見事に国内初のX線写真撮影に成功しました。この成功を祝う手紙をレントゲン本人に送っており、この書簡は現在もドイツのレントゲン博物館に保管されています。

さらに、アンリ・ベクレルがウラン鉱石から放射線を発見したことに触発され、身近な生物であるホタルが同様の放射線を出すのではないかという独自の着想を得て、「渣蛍線」と名付けて研究を試みました。この仮説は後に水蒸気の感光作用を誤認していたことによるものと判明し、自ら訂正を発表しましたが、未知の現象に対する科学者としての旺盛な好奇心を示すエピソードです。

京都帝国大学とその後の人生

明治30年（1897年）、新たに設立された京都帝国大学に教授として迎えられ、理工科大学物理学教室の基盤を築きました。明治34年（1901年）にレントゲンがノーベル物理学賞を受賞した際には、祝賀会に出席するためドイツへ渡っています。大正2年（1913年）、当時の総長との意見の対立から他の教授たちと共に辞職を余儀なくされますが、その後京都帝国大学名誉教授の称号が授与されました。

大学を辞した後、村岡は兵庫県や三重県に移り住み、研究や教育の第一線からは退きましたが、静かに余生を送りました。若い頃は癇癪持ちであったとも伝えられますが、散歩や和歌作りを趣味とし、晩年には音楽雑誌に寄稿するなど、幅広い関心を持ち続けました。特に孫には漢籍を熱心に教えるなど、教育への情熱は終生失われませんでした。昭和4年（1929年）4月20日、77歳で亡くなりました。その日本の物理学界における功績を称え、昭和天皇から白練絹一疋が贈られました。

村岡範為馳は、留学経験を通じて世界の最先端科学に触れ、それを日本に導入するとともに、自らも先駆的な研究を行った人物です。教育者としては、多くの後進を育成し、東京大学、京都帝国大学、第一高等学校、女子高等師範学校、東京音楽学校といった主要な教育機関で教鞭を執り、それぞれの発展に貢献しました。日本の近代物理学の発展において、その果たした役割は非常に大きいと言えるでしょう。

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