板蓋宮

板蓋宮（いたぶきのみや）

板蓋宮は、7世紀半ば、当時の天皇であった皇極天皇のために造営された皇居です。この宮殿は、現在の奈良県明日香村にある飛鳥京跡の中に位置していたと考えられており、一般には「飛鳥板蓋宮」という名称で知られています。歴史的に重要な役割を果たした場所であり、特に大化の改新の発端となった有名な出来事、乙巳の変（いっしのへん）の舞台となったことでもその名を歴史に刻んでいます。

歴史的経緯

板蓋宮の建設は、642年（皇極天皇元年）1月に夫である舒明天皇が崩御された後、皇位を継承した皇極天皇の命によって始まりました。同年9月、皇極天皇は時の権力者であった大臣・蘇我蝦夷に対し、新しい宮殿をその年の12月までに完成させるよう勅を降しました。この急な命令に応じて建設されたのが板蓋宮であったとされています。

完成した板蓋宮へ皇極天皇が遷り住んだのは、翌643年（皇極天皇2年）4月のことでした。しかし、この宮殿が政治の中心であった期間は長くありませんでした。

645年（皇極天皇4年）6月、板蓋宮は日本史における一大転機となる出来事、乙巳の変の舞台となります。この日、飛鳥板蓋宮において権勢を振るっていた蘇我入鹿が暗殺されました。この事件を受けて、皇極天皇はわずか二日後の6月14日に退位を決意されます。代わって皇位に就いたのは軽皇子（かるのみこ）であり、孝徳天皇として即位しました。孝徳天皇は即位後まもなく都を難波（現在の大阪市）へ遷し、難波長柄豊碕宮（なにわのながらのとよさきのみや）を新たな皇居としました。これにより、一時的に板蓋宮は都から離れることになります。

その後、654年（白雉5年）10月に孝徳天皇が難波宮で崩御すると、翌年初めには難波にいた皇極上皇が再び板蓋宮に戻り、斉明天皇として重祚（ちょうそ）、つまり再び天皇の位に就きました。しかし、斉明天皇が板蓋宮で再び政務を執られていたその年の末、板蓋宮は不幸にも火災に見舞われ、惜しくも焼失してしまいます。宮殿を失った斉明天皇は、その後、川原宮（かわらのみや）へと移らざるを得なくなりました。

名称の由来

「板蓋宮」という珍しい名称は、文字通り、宮殿の屋根に「板」を葺いていたことに由来すると伝えられています。当時の日本の建築物の屋根は、主に檜の樹皮を用いた檜皮葺（ひわだぶき）や、カヤなどの植物を使った草葺き、茅葺き、藁葺きが一般的でした。そのため、屋根全体に板材を葺くというのは非常に珍しく、特別な工法であったことがうかがえます。

実際に、現代においても、伝統的な建築物として檜皮葺や茅葺きの古い建物は数多く残っていますが、屋根が板葺きである例は極めて限られています。当時の日本では、大陸から伝来した最新の建築技術を取り入れた一部の寺院では瓦葺きも見られましたが、一般の建築物に普及するには至っていませんでした。平安時代以降の貴族の邸宅である寝殿造なども、主流は檜皮葺でした。瓦葺きが日本の一般的な建築物の屋根として本格的に普及するのは、さらに時代が下り、江戸時代以降のこととなります。このことからも、板蓋宮の屋根が板葺きであったという伝承は、当時の宮殿がいかに先進的で、かつ異彩を放つ建築であったかを示唆しています。

現在の状況

現在、かつて板蓋宮が存在したとされる奈良県明日香村には、宮殿の中心部の一部と考えられる遺構が発掘調査され、史跡として整備・保存されています。飛鳥京跡の中心部として、当時の宮殿の規模や構造を知るための貴重な手がかりがここから得られています。また、史跡の近隣には、乙巳の変で倒れた蘇我入鹿の首塚と伝えられる場所もあり、かつての激動の時代を偲ばせます。

板蓋宮の跡は、日本の古代史における重要な舞台の一つとして、多くの歴史ファンや観光客が訪れる場所となっています。

もう一度検索