梅村甚太郎

梅村甚太郎（うめむらじんたろう）は、文久2年11月3日（1862年 12月23日）に現在の三重県鳥羽市で生まれた日本の教育者であり、傑出した本草学者です。昭和21年（1946年）3月21日に83歳でその生涯を閉じました。

生い立ちと学問

鳥羽藩士である梅村甚太夫の長男として育った甚太郎は、幼少期に藩校・尚志館で学び始めました。その後、三重県尋常師範学校へと進み、明治14年（1881年）に卒業後、四日市の小学校で数年間教職に就きました。明治17年（1884年）頃には松阪にて私塾を開設し、数学や英語を教えています。

教育活動の一方で、甚太郎は本草学への深い関心を持ち続けました。多気郡相可の本草学者・西村広休のもとで本草学の基礎を学び、さらに植物学の泰斗である伊藤圭介や、北勢地方の丹波修治からも教えを受けました。特に丹波が主宰する博物会には積極的に参加し、自ら採集した標本を出品するなど研鑽を積みました。また、近代植物学の礎を築いた牧野富太郎にも標本を送付して質問するなど、熱心に学問を追究しました。

教育者として

明治22年（1889年）頃からは、福島中学校の教諭を務めました。明治24年（1891年）には中等学校の植物科教員検定試験に合格し、後に動物科の試験にも合格して教員免許を取得しました。これ以降、甚太郎は東海地方を中心に、師範学校、中学校、女学校、商業学校、国学院など、様々な教育機関で教鞭を執り続け、多くの後進を育成しました。

博物学と自然保護への貢献

甚太郎は教育者としてのみならず、博物学の普及と自然保護にも多大な貢献をしました。明治23年（1890年）には郷里である三重県に三重博物学会を設立。さらに、愛知第一師範学校に勤務していた明治35年（1902年）には、名古屋博物学会の設立にも深く関与し、後にその会長を務めました。名古屋博物学会では、名古屋市に植物園と標本庫を設けるよう市会に要望を提出し、当時の大岩勇夫市長から候補地選定の相談を受けるなど、現在の東山植物園開園に大きく貢献しました。

また、長年にわたり愛知県の史跡名勝天然記念物調査委員を務め、精力的な調査活動を通じて多くの報告書を作成しました。その功績により、県内の希少な動植物が天然記念物に指定され、その保護が図られるなど、自然保護の分野でも重要な役割を果たしました。

研究成果と著作

甚太郎は、教育活動の傍ら、精力的に植物採集と研究に励み、その成果を多くの著作として発表しました。特に知られているのは、富士山の植物相に関する研究です。彼は幾度となく富士山に登り植物を採集し、その成果をまとめた『富士山植物目録』（明治35年）と『富士山植物誌』（大正12年）を刊行しました。これらの著作は、高山植物研究の第一人者である武田久吉から高い評価を受けました。

桜の研究もまた彼の重要な業績の一つです。大正から昭和にかけて『櫻誌』を執筆し、この分野で「桜博士」として知られる三好学とも交流を持ちました。

さらに、甚太郎は「ブッポウソウ」と鳴くとされていた鳥の正体が、実はコノハズクであることを明らかにする一連の出来事にも関わっています。名古屋放送局が鳳来寺山からの「仏法僧鳥」の鳴き声を中継した際、俳人の松瀬青々、荻原井泉水と共に鼎談に参加しました。その後、学術的な考察に基づき、その本態を解き明かした小冊子『佛法僧漫錄』（昭和10年）を作成し、広く配布しました。

彼の著作は、植物誌や薬用動植物に関するものが多く、そのほとんどは「任他楼」という屋号で自費出版されました。晩年には、身辺の出来事や社会情勢について記した『任他楼誌』を例年発行していました。

主な著作には、『昆虫植物採集指南』、『常用救荒飲食界之植物誌』、『新編食用植物誌』、『民間薬用植物誌』、『普通有毒植物誌』、『吾帝國に珍らしき愛知縣産の草木の話』、『東邦薬用動物誌』、『名勝及天然紀念物鳳来寺山植物誌』、『時局本草』、『昆虫本草』などがあります。

人物像と晩年

甚太郎は学者肌であると同時に、ユーモアのセンスも持ち合わせていました。植物の名前を洒落に結びつけて覚える独特の方法を弟子たちに披露したといいます。また、書道に優れ、詩作、特に狂歌にも長けていました。恩師に倣い「蘭泉」という雅号を用い、詠んだ歌を自身の著作にも掲載しています。写真撮影も得意で、著作の図版に自ら撮影した写真を用いたことでも知られています。

私生活では、3男2女の5人の子供をもうけましたが、病気や戦争によってそのうち4人に先立たれるという辛酸を嘗めました。残された次女の雪は、父の最期まで献身的に看護し、後年には甚太郎の日記を編纂した『梅村甚太郎日記抄』を出版しています。

晩年は太平洋戦争の末期に静岡県に疎開し、終戦後に名古屋へ戻りましたが、戦災によって長年収集した貴重な標本や蔵書の多くを失いました。その失意のうちに倒れ、死去しました。

甚太郎の功績は植物の世界でも称えられています。植物学者・小泉源一は、愛知県のイツマデナシに_Pyrus umemurana_ Koidz.、岐阜県のホケナシに_Pyrus jintaroana_ Koidz.という学名を献名しています。彼は、教育者として、また本草学者として、東海地方を中心に日本の自然科学に多大な貢献をした人物です。

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